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前の回 一覧に戻る 次の回 ゼロの飼い犬3 微熱の唇 Soft-M ■1 「……な〜んか、おかしいと思わない? あの二人」 あたしにとっては退屈でしかない、ミスタ・コルベールによる炎の魔法の講義の最中。 ふたつ前の席に並んで座っているピンク髪と黒髪の二人の後ろ姿を眺めながら、 隣で黙々と授業を受けている友人に小声で聞く。 「……授業中」 話しかけた相手、子供みたいな外見のタバサは、ちらりとあたしの視線の先へ 目を向けてから、すぐに講義を聞くことに興味を戻した。 ホントに生真面目ね、この子なら、授業の内容くらい本で読んでとっくに知ってるでしょうに。 小さく息をつくと、あたしは自分の燃えるような紅い髪を一房、手で摘んで弄ぶ。 タバサの同意は得られなかったけど、あたしはほぼ確信してる。 あの二人……ヴァリエール家の三女にして魔法の才能0なゼロのルイズと、 その使い魔で、平民なのにメイジのギーシュを剣ひとつでやっつけたヒラガサイト。 つい先日までしょっちゅう喧嘩してた二人だけど、恐らく……最近、”何か”あった。 なぜって、ここ2、3日のゼロのルイズってば、妙に血色が良く、ツヤツヤした様子なのだ。 逆にサイトの方は目の下にくまなんて作ってげっそりしてる。 彼に興味がある、この微熱のキュルケにとっては、見逃すわけにはいかない事態。 「(あのルイズが挙動不審な様子で、あたしに話しかけてきた翌日からなのよねー…)」 数日前、ルイズは唐突にあたしがしていたエステの話に乗ってきたんだけど、 どうも何かすれ違いがあるような感じだった。あの二人の様子がおかしくなったのはその日から。 「ここはそろそろ、ツェルプストーの女らしい所を見せないとね」 口の中だけで呟き、頭の中で計画を立てる。 面白くなりそうな予感に、口元が自然と持ち上がるのがわかった。 その日の放課後。あたしは時間を見計らって、使用人宿舎の近くにある水場へ足を運んだ。 この時間、ルイズの使い魔さんがここで干し終わった洗濯物を取り込んでいるのは確認済み。 傾きかけた日差しの下、珍しい黒髪に黒い瞳、それにこれまた変わった上着を着込んだ男の子が、 物干し用のロープからルイズのものらしい服を外している姿が目に入った。 「……ちょっと、いいかしら?」 「ん?」 呼びかけると、彼はあたしを振り向く。 その表情には平民特有の、貴族にへつらい、機嫌を伺う色が見えない。 それでいて、級友の貴族の男子があたしに向ける、見惚れるか……あるいは品定めするような色もない。 やっぱり、この男の子は、今までにあたしの身の回りにいた男とは、何かが違う。 「あ、えーっと……キュルケ。微熱の」 「覚えててくれたのね、嬉しいわ」 「そりゃ、まぁね」 そういったサイトの口元には、苦笑が浮かんでいた。まぁ、あたしが彼と初めて会ったとき、 あたしは彼とそのご主人様のルイズを思うさま嘲笑ったんだから、そんな反応も当然かも。 「で、何の用? ルイズはここにはいないけど」 「用があるのは、あなた」 そう言って彼に近付くと、サイトは洗濯物が入ったかごを抱えたまま一歩後じさる。 「俺に用? どんな?」 「ま、後で良いわ。今はあなたの仕事を先に片づけちゃいましょう。手伝うわ」 ウインクを見せて、ロープにかかっていたルイズのソックスを取り、カゴに入れる。 サイトは「あ、サンキュ」なんて呟いて、腑に落ちない顔をしながらあたしと一緒に残りの洗濯物を片づけ始めた。 ■2 「悪いね、わざわざ運んでまでもらって」 「気にしなくていいのよ、このくらい」 けっこうな重さになった洗濯物カゴを、あたしは『レビテーション』で浮かせて運んであげた。 学生寮のあたしやルイズの部屋がある階まで来た頃には、もうサイトはあたしへの印象が随分良くなった様子。 「それで、結局俺への用事って何なんだ?」 「んー……あたしの部屋で話すわ。入ってくれる?」 そう言って足を止め、ルイズの部屋よりも手前にある、あたしの部屋の戸を開ける。 「あ、だったら、洗濯物をルイズの部屋に置いてから」 「部屋にルイズがいるかもしれないでしょ。そうしたら、また何か言いつけられるかもしれないわ」 そう言って、あたしは魔法で浮かせた洗濯物カゴをさっさと部屋の中に入れてしまう。 サイトは、まぁそれもそうか、といった顔をして、あたしの後ろをついてきた。 洗濯物を机の上に下ろして、あたしはベッドに腰掛ける。サイトは、珍しそうに部屋の中をきょろきょろ見渡していた。 「そんなところに立ってないで、こっちにいらして」 「え? あ、うん」 言われるままに近寄ってきたサイトに、ベッドの、あたしが座っている横を手のひらで軽く叩いて示す。 サイトは、あたしが叩いた所よりも少し距離をとって、浅く腰掛けた。まだちょっと警戒してるのね、可愛い。 「それで、用って……」 「ふう……ちょっと暑いわね」 あたしはサイトの言葉を遮ると、髪をかき上げて後ろに流し、ブラウスのボタンをひとつ外す。 わざと少し小さめのサイズを選んでいるシャツから、胸が今にもこぼれ落ちそうになる。 あたしの横で、ごくり、と生唾を飲み込む音が聞こえた。 さぁ、ここからが微熱のキュルケの本領発揮よ。 「で、俺への用……」 「まだわからないのかしら? ひどい人」 ぐいっ、と上半身を彼の方へ寄せて、その顔をのぞき込む。彼の目には上目遣いの私の顔と、 強調された胸の谷間が映り込んでいるはず。この距離なら、香水の匂いにも間違いなく気付く。 サイトが目を白黒させ、その頬がみるみる赤くなっていくのがわかる。 いわゆるハンサムとは言い難いけど、結構童顔で可愛い顔をしてる。 この男の子が別人のように凛々しくなってギーシュに啖呵を切り、目にも止まらない速さで ゴーレムを次々に切り捨てた姿を思い出し、胸に熱いものが灯った。 上辺だけだったり、過剰に調子に乗ってる貴族の男とは、明らかに異質な人。 彼が、”女”の前ではどんな顔をするのか。どんな声を聞かせてくれるのか、知りたい。 そして、今だったらそれがたやすく可能だという自信が、あたしにはあった。 「キ、キュルケ……?」 「ええ、キュルケよ。あなたが心に火をつけてしまった女」 サイトの首筋から耳の裏に手を回すと、そのまま一気に顔を寄せる。 彼を半ば押し倒すようにして、その唇に唇を重ねた。 「んむっ!? んんーっ!!」 あたしを押しのけようとする彼の体に、ぎゅっと乳房を押しつける。この体を本気で拒絶できる男なんて 今までに一人も知らない。サイトの抵抗は、すぐに形だけのものになった。 「……っは、はぁ、はぁ……」 唇を離すと、すぐ目の前には、当惑が半分、陶酔が半分の色をした瞳。あたしの口付けによって、 彼にも情熱の火種が灯ったことがわかる。 「あなた……あのご主人様に良いようにされて、不満なんでしょう?」 「え……?」 「最近のあなたとルイズの様子を見てて、何となくわかったのよ。男のことが何もわからないルイズに 使い魔にされて、見返りも無しに無茶なことばかり要求されているんでしょう。……可哀想。あたしが、満たしてあげる」 これが、自信の理由。サイトは、使い魔である前に人間の、男性。 そのことが全くわかってないルイズからなら、彼を奪う事なんていとも簡単。 あたしは言葉に詰まっているサイトの唇を、再び奪った。 ■3 唇の間を、舌でつつく。開いて、というジェスチャー。サイトは最初は拒む様子を見せていたけど、 あたしが執拗に舌でくすぐると、少しずつ開いてあたしを受け入れた。 キスっていうのは、相手を憎からず思っているというのが前提だけど、男にとっても女にとっても気持ちが良い。 気持ちが良いというのは、最大の毒であり呪い。すぐに体も心も縛り、逃れられなくする。 胸を押しつけ、首筋を指で撫でると、サイトの体からは目に見えて力が抜けていく。 この様子だと、彼、女を知らないのかな。それはそれで、魅力的。あたしだけの色に染めることができる。 より深く唇を重ね、舌を差し入れるために顔を傾けると――先に、サイトの舌があたしの中に入ってきた。 「んっ……!? んぅっ、ちゅ……」 サイトの舌は、蛇のようにあたしの舌に絡みついてきた。擦るように、撫でるようにあたしの口内が愛撫され、 逆にこちらの体から力が抜けていく。 舌だけじゃない。サイトの指はいつのまにかあたしの顔と背中に回されていて、耳の裏と、背筋までくすぐられる。 嘘、何これ、上手い。ついさっきまで遠慮がちだったのとはまるで別人。どういうこと……!? 応戦しようとして、あたしの方からもサイトの舌に舌を絡ませるけど、それを逆手にとったみたいに サイトはあたしから快楽を引き出す。頭の中がとろんとして、このまま彼に身を任せたいなんて気分になってしまう。 こんなにあからさまに主導権を握られることなんて、滅多にないのに。 あたしとさほど身長が変わらないはずのサイトの体が、やけに大きく、包み込んでくるような気がした。 ∞ ∞ ∞ 「………遅い」 窓の向こうの、山の稜線に沈み始めた夕日を見ながら、わたしは呟く。 放課後、洗濯物を片づけたらすぐ帰ってくるはずのサイトが遅すぎる。 まさか、どこかで食べ物でも漁ってるんじゃないでしょうね。最近はご飯を抜いてもけろりとしてるから、怪しいのよ。 わたしは部屋着の上にマントを羽織ると、部屋を出た。とりあえず、思い当たる所を見て回ろう。 サイトが居そうな所はどこか考えながら廊下を歩いていると、一室のドアが薄く開いていることに気付いた。 そこは、ツェルプストー家のキュルケの部屋。あいつの男性との交友関係と一緒でだらしないわね、と思いつつ、 一応閉めておいてあげようかと近付く。すると――。 「はぁっ、はぁ……んっ……ちゅ、ちゅぐっ、ちゅる……」 「んっ…ふ、くちゅ、ちゅぷ……じゅるっ……」 部屋の中からは、キュルケ一人が出しているとは思えない、よくわからない音が聞こえてきた。 キュルケの事だから、男子を連れ込んでヘンな事してるのかも。 ウンザリした気分になって、ドアをそのままに立ち去ろうとしたとき。 「ぷはっ……は、ぁ……サイト……」 かすかな声だけど、その名前がわたしの耳に飛び込んできた。キュルケのやつ、サイトって言った!? この学園にサイトなんて珍しい名前の人間、わたしの使い魔以外に聞いたことがない。 わたしはぞくりと背筋が寒くなるのを感じながら、咄嗟に扉の隙間から部屋の中をのぞき込んだ。 「――っっ!!」 危うく、大声を上げるところだった。キュルケの部屋のベッドの上では……見紛う筈がない、わたしの使い魔の サイトと、キュルケが重なり合うようになっていたのだから。 ちょっと前までのわたしだったら、そこでカッとなって部屋の中へ飛び込み、サイトを怒鳴りつけただろう。 でも、その時、わたしは……全身が凍りつくような感覚に囚われて、その場に釘付けにされた。 ■4 「はぁっ、ふ……いいわ……じょうず、サイト……んっ!」 サイトは、キュルケにのしかかられるようにされながら、体を触っていた。 足や、背中も触ってたと思う。でもそれだけじゃなくて、耳とか、首とか……むむ、胸とか。 わたしが最近、サイトにさせているマッサージで触らせてるところよりも、もっと色んな場所を。 サイトの手や指が動くたびに、キュルケは体を震わせて、髪を振り乱す。それが気持ちいい時の 反応なんだってことを、わたしはついこの間知った。 それに、それに……キュルケの方も、サイトの体を触っていた。左手は背中に回して……右手は どこにあるのかわからない。胸とか、お腹の方? よくわからないけど、確かなのは、キュルケが手を動かすたびに、サイトの方も体をよじらせ、 息を荒くしているということ。 その光景を目にして、怒るとか、そういうのより先に……気持ち悪い、と思った。 嫌だ。やめて欲しい。そんなことしないで欲しい。止めて。不愉快。 わたしは、心臓がばくばく高鳴っているのに妙に冷えている心を不思議に思いながら、 その、半開きになっていたドアを開け放った。 「……何してるの」 こんな状況で自分の口から出たということが信じられない、冷静な……冷たい声。 さほど動じた様子もなくキュルケはわたしの方に目を向け、サイトはびくっと体を跳ねさせるように 顔をわたしに向けた。 「あっ……あ、ルイズ、これは……!!」 「……は、ぁ……何してるのも無いもんだわ。気遣いまでゼロのルイズ」 慌ててキュルケの体から手を離すサイトとは裏腹に、気だるげに髪をかき上げるだけのキュルケ。 サイトの反応よりも、そのキュルケの目。とろんと潤んでいるのに、わたしへの確かな侮蔑…… 普段わたしを小馬鹿にするときとは明らかに違う、本気の蔑みの色を浮かべた瞳が気になった。 「ひとの使い魔に勝手に手を出さないで。帰るわよ、サイト」 「あ、うん…」 その目を見るのが嫌で、サイトに声をかける。サイトは、もぞもぞと身を動かしてキュルケの下から 出てきた。キュルケは、それを止めようとしない。嫌にあっさりと、サイトの上から身をどかす。 「ルイズ、あなたそれでいいの?」 キュルケは、顔色のわかりにくい褐色の肌にも明らかな上気した頬のまま、わたしにそう言ってきた。 その言葉に疑問が浮かぶ。そんな台詞を言うなら、わたしではなくサイトに対して言うべきなんじゃないのかしら。 「言っておくけど、あたしは完全に無理矢理彼を求めたワケじゃないわよ。 彼の方からも、少なからずあたしを求めてきた。どうしてだと思う?」 「知らないわよ。こいつが犬だからじゃない?」 「違うわ。サイトは、あなたに対して不満があるから。あなたが使い魔の主人として足りていないからよ」 キュルケの言葉が胸に突き刺さる。なにそれ。何をわかった風なこと言ってるの。馬鹿にしないで。 「サイト、これだけは忘れないで。……あなたが満たされずにいて可哀想だと思ったの、本当だから」 わたしがサイトの袖を引っ張って部屋を出て行こうとすると、キュルケはサイトにそう言った。 もう嫌。ここにいたくない。サイトをここにいさせたくない。 開きっぱなしのドアから外に出ると、キュルケに『レビテーション』をかけられたらしい洗濯物カゴが わたしたちの後を追って廊下に飛んできた。「忘れ物よ」なんて言葉と一緒に。 最後まで、嫌な奴だった。 ■5 サイトを引きずるようにして自分の部屋に戻ると、それまで抑えられていた怒りが一気に湧き上がってきた。 サイトが、あの女と。憎きツェルプストー家のキュルケと。その光景が蘇って、頭にカーっと血が上る。 「何考えてんのよ! 犬! ありえない!!」 「ご、ごめん」 「謝るくらいだったら、何であんなことしたのよっ!」 サイトの顔を睨みつける。ばつが悪そうに目を逸らすサイトの唇に、紅いルージュのうつった跡が見えて、 さらにわたしの怒りに油を注ぐ。 「信じられない……! わたしに許可もなく、あんなことっ……!」 何だか、感情が高ぶりすぎて、涙が出そうになってきた。こっちも目を逸らして、文句だけ続ける。 「そこまで言うなら聞くけどさ……なんでお前の許可が必要なの?」 サイトは、うんざりした口調でそう聞いてきた。何その質問。ばっかじゃないの。 「当たり前でしょ! アンタはわたしの使い魔なんだからっ!」 「使い魔が女の子と仲良くしちゃいけないって決まりでもあんの?」 「知らないわよ。わたしが許さないって言ってるんだから駄目なの!」 言い放つと、サイトは諦めたのか、深いため息をついた。そして、もういいや、といった態度でくるりと 踵を返す。 その態度が、とても嫌な感じがした。冷静に考えると、わたしも勢いで酷いことを言った。 サイトにうんざりされても仕方が無いことを。 「あ……ちょっと言い過ぎたわ。別に、アンタが女の子と話そうが構わないけど、キュルケとだけは駄目。 あと、体に触るのもだめ……それ以外ならいいわ」 譲歩の台詞を言ってる最中に、自分で気付いた。わたしは、サイトが”キュルケと”ヘンなことをしていたからと いうより先に、わたし以外の他人の体を触っていたこと、他人に体を触られていたことを不愉快だと思ってたことに。 「あ、そ。ありがとうゴザイマス。寛大なご主人様のお言葉にこのサイトめは感服の至りです、っと」 サイトはもうわたしの方を見ようともせずに、洗濯物を片付け始める。怒っているというより、冷めている様子。 急にサイトが遠くに行ってしまった気がして、辛かった。 不意に、さっきのキュルケの言葉が思い出される。サイトは、わたしに対して不満を持っている。 だからキュルケなんかにほいほいついていくし、わたしを苛立たせることばかりする。 そう考えてみたら……わたしは、サイトに何か報いることをしただろうか。文句をいいつつも 一応はわたしが言いつけた仕事はするようになったし、最近はマッサージまでしてくれるようになったサイトに、 主人として相応のご褒美とか、ねぎらいの言葉をかけていたかしら。 わたしが使い魔の主人として足りない。キュルケはそう言っていた。 そうなの? サイトが使い魔として駄目なんだってばかり決め付けてたけど、わたしにも責任があった……? 急に不安が襲ってきた。もし、そうなら。わたしのせいで、サイトがわたしに従わないんだとしたら。 サイトはまた、キュルケとかの所へ行ってしまうかもしれない。また、さっきみたいなことを……。 嫌だった。理屈じゃない。認めない。許せない。それを考えると、気持ちの悪いモヤモヤが胸の中で 膨らむ。サイトにマッサージされた時のような気持ちのいいモヤモヤとは、全く逆の不快感。 「サイトッ!」 わたしは、深く考えないでサイトに呼びかけた。 「はい?」 「け、剣を買ってあげるわ。あんた、剣士でしょ。自分の身くらい守れるように、剣を持たせてあげる」 唐突な提案に、サイトは目を白黒させた。「そりゃ、ありがと」なんて返事したけど、嬉しいというより 戸惑いの方が大きい感じだった。 わたしも、自分で言った事ながら、何か違うと思った。サイトに剣が必要だと思ってたのは確かだけど、 これじゃ、物で釣ったみたい。使い魔に報いるご主人様の行動としては、二流もいいとこ。 「え、えっと……それだけじゃないわ。サイト、ベッドに横になりなさい。 わ、わわわ、わたしが、その……マッサージしてあげるわ。特別に。感謝しなさいよね!」 ■6 もうひとつ、咄嗟の思いつき。どうしてそんな言葉が出てきたのかといったら、たぶん、さっき キュルケがサイトに触っていたときの、サイトの様子が目に焼き付いていたからだと思う。 サイトは、気持ちよさそうだった。キュルケに触られて。 そりゃ、当たり前ね。わたしがサイトに触られて、あんなに気持ちいいんだから。サイトだって同じはず。 だけど、サイトがあのキュルケに触られて……いや、気持ちよくされてたって事が、気に入らない。 気持ち悪い。許せない。思い出すだけで、胸に嫌なモヤモヤが溜まっていく。 だったら、わたしがしてやるわ。そうしたらわたしに感謝して、わたし以外の女に尻尾振ったりしないでしょ。 「お前が、俺に? 熱でもあんのか?」 「失礼ね、他人の好意は素直に受け取りなさいよ」 わたしはサイトのところにつかつかと近寄る。その唇にまだキュルケのルージュの跡が残っているのを 思い出して、サイトがとり込んできた洗濯物の中からハンカチを一枚掴みとり、サイトの顔にごしごし擦りつける。 「うわっ、何!?」 「口紅で汚れてるのよ、さっさと拭きなさい!」 「わあった、自分でやるから!」 サイトにキュルケの痕跡が残ってるのが、気に入らない。自分でも不思議なくらいムカムカしてる。 完全に口紅の跡を消させたあと、サイトをベッドに俯せにさせた。ちょっと気に入らないけど、床に寝かせるのも 可哀想だし今回は特別に許すことにする。良い主人は使い魔にも寛容なのよ。 サイトはまだ半信半疑な様子で、居心地が悪そうにわたしを見上げている。 「……ルイズの匂いがする」 「嗅がないでよ馬鹿っ! あとそんなこと思っても言わない!」 枕に顔を埋めているサイトが言った言葉に、顔が一気に熱くなる。なんでこういつも一言多いのかしら。 サイトの横まで移動して座り込む。マッサージなんてやったことないけど、あんなに上手だったサイトだって 素人だと言ってたんだし、そんなに難しいものじゃないはずよね。 サイトにされたことを思い出しつつ、ふくらはぎの辺りに手を持って行く。ここら辺では見たことがない生地の ズボンの上から、サイトの足をぎゅっと掴んでみた。 「うひゃひゃひゃひゃ!!」 「なっ、何よ!?」 サイトはぞわぞわと足を震わせて、珍奇な叫び声を上げた。 「くすぐったい! それ、くすぐったいから」 「失礼ね、ちょっとぐらい我慢なさい」 その反応にムッときて、思いっきり力を込めてサイトの足をぎゅうぎゅう押す。サイトは身を縮こませて、 逃げたり吹き出したりするのを我慢している様子。 「何よ、気持ちよくないの?」 「いや、そもそもルイズの力が弱いから、効く以前にくすぐったいだけで…」 サイトはわたしに触られてるのに、本当にあんまり良さそうな感じじゃない。 どうして? サイトがわたしにするのと何が違うの? キュルケに触られてた時は、あんな反応してたくせに……! 悔しくて、いらいらして、わたしは体勢を変えることにした。サイトの両脚を跨いで、足首の脇に膝を下ろす。 そこから、体重をぜんぶ乗せるようにして足を揉んでみる。 「ちょ、ルイズ!?」 「じっとしてなさい! ほら、いいでしょ! 気持ちいいって言いなさい!」 自分でもヤケになってる気がしなくもないけど、必死になってサイトの足に力を込める。こうして触ってみると、 サイトの足って結構筋肉がついてて固い。 サイトがこの格好でわたしにマッサージする時は、本当に乗っかったらわたしの足が壊れちゃうだろうから 跨るだけで腰は浮かせてくれてる。けど、わたしがサイトにするなら、足の上に座り込んでも全然大丈夫。 サイトは普段あんまり体型がわからない服装をしてるけど、やっぱり、わたしとは全然体つきが違う。 それを意識したら、なんだかどきどきしてきた。よく考えたら、この格好って、ものすごく恥ずかしい。 男の人をベッドに横にして、その上に乗っかってるなんて……他人に見られたら、絶対ヘンな誤解される。 ■7 「あの……ルイズ?」 わたしが急に湧き出してきた恥ずかしさに戸惑っていると、サイトがおずおずと話しかけてきた。 「な、なによ?」 「その、もういいや。十分ルイズの気持ちは伝わったから。あんがと。もういいよ」 その言葉に、落胆する。気持ちよくないから、もうやめていいって事じゃないの。 「……わたしじゃダメなの? サイト、良くならないの?」 「いや、もう十分良かったから。満足満足。だからどいて、マジで」 じわっと目頭が熱くなった。何それ。良くないなら良くないってはっきり言いなさいよ。 お世辞まで言って機嫌伺うことないじゃない。 自分が空回りしかしていなかったことに、涙まで零れそうになる。どうして? わたしには何が足りないの? 「なんでよ……なんでダメなのよ!」 「あー、うー、その、つまりだな、大変言いにくいんだが、俺の足にルイズのお尻が……」 …………。 「は?」 「あーもう! お前の尻が俺の足の上に思いっきり乗ってるの! このままだと大変な事になるから さっさとどけって言ってんだよ! 気付け馬鹿!!」 サイトは堰を切ったように一気にまくしたてた。わたしはその言葉で、わたしがサイトの体に触れているという事は、 サイトもわたしに触れていることになるんだという事実に、ようやく気付くことになった。 一気に頭が沸騰する。 「ば、ばかーーっ!! 早く言いなさいよ!!」 「だから遠回しにどけって言ってやったろ! 俺の気遣いを無下にしやがって!」 わたしは跳ねるように立ち上がる。お、おおお、お尻。サイトにお尻を乗っけるどころか、 体重をかけてぐいぐい押しつけるみたいな事までした。頭も体も熱くなりすぎてぐらぐらする。 「ばかっ! ばかっ! ばかっ! いぬっ!」 「痛っ! いたいってば! ってか俺悪くねーだろ!?」 自分でも何をしてるのかわからないまま、足下に寝ころんでるサイトの背中を思うさま蹴りつける。 もう、もう! 何がマッサージよ! こんなやつ、足で十分よ!! 「んくっ!」 わたしがサイトの背中の一カ所にかかとを落としたとき。サイトはそれまでの悲鳴とは、微妙に異なった響きの 声を上げた。その声に、思い当たるところがある。 わたしは少しだけ冷静になると、サイトがその声を上げた場所を、今度はゆっくり、ぐりっと踏みつける。 「うっ…く、はぁ……」 サイトは身をよじらせたあと、ため息に似た深い息をついた。あ、これ。ひょっとして。 「……ひょっとして、気持ちよかった? 蹴られて? 踏まれて?」 恥ずかしさよりも勝る、好奇心。手で触った時には鈍かった反応とは、全然違う。 「よ、良くねぇよ! いいからもうどいてくれ……」 今、慌てた。嘘ついてる。わたしの口元が自然に持ち上がりそうになる。 「嘘ね。良いんでしょ。手でやってもさっぱりだったくせに踏まれたら気持ちよくなるなんて、変態なんじゃないの」 ぐりぐりぐり。さらに力を込めると、サイトは絞り出すような声を上げて身悶えた。 これよこれ。こういう反応が見たかったの。 「ちっ…げぇよ、足でされたからってより、お前の手の力が弱すぎるから、足でやってようやく効いたんだよ。 俺も、小さい頃に父ちゃんに背中に乗ってマッサージするの頼まれたことあるし……」 ふ、ふん。もっともらしい言い訳までしちゃって。でも今、サイトは面白いことを言った。 ■8 「なに? じゃあ、踏むだけじゃなくて乗っかってもいいの?」 「はい?」 思いついてしまったら、もう我慢できない。わたしはサイトの返事を待たずに、サイトの背中を両脚で踏みつけて その上に乗っかった。 「ぐっ……う、あぁ……」 サイトは変な声を漏らしたけど、本気で苦しんでるって感じじゃなかった。むしろ、サイトの言う”効いてる”って風。 「ほ、ほら、どう? いいんじゃないの? いいでしょ?」 「くっ……ふ、んくっ……う……!」 力を込めるたびに小刻みに震えるサイトの背中から落ちないように注意しながら、ちょっと後ろに下がったり また前に戻ったりする。 心臓がばっくんばっくん言ってる。頭の中に霧がかかったみたいになる。よくわかんないけど……楽しい。 わたしがサイトに乗っかって、踏みつけて……それなのに、サイトが”良さそう”になってる事が、嬉しい。 ――わたしの方まで、気持ちいい。 「あ……嘘だろ、これ……やめ、ルイズ、マジでやめて……」 ぎゅっとわたしのベッドの布団を握りしめるサイト。その反応がホントに嫌なわけじゃないってこと、知ってる。 「やめない。やっとサイトが良さそうになったんだもの。やめるわけないでしょ」 腰の方をかかとでぐりぐりすると、サイトは切ない声を上げた。その声。キュルケに触られてた時より良さそうな声。 その声を聞く度に、他人の手垢がついたサイトが綺麗になり、わたしのものに戻っていく気がする。 「あっ、だめ、やばいって、だめ、ほんとにだめ……!!」 「え……え?」 サイトの声に、切羽詰まった色が混じる。身のよじり方も、さっきまでとは違う。本気で、わたしを 振るい落とそうとしている様子。 あ、もしかしたら、気持ちいいのが溜まりすぎて、苦しくなった時の。だったら、尚更止めるわけにはいかない。 だって、それが溢れた時が、一番気持ちいいんだから。 「こ、こらっ! 暴れないでよっ!」 「ルイズこそ動くなっ! こればっかりは本気でマズいから……!」 逃げようとするサイトの上で、バランスをとることができない。後ろに倒れ込みそうになって、 慌てて足の踏み場をずらす。 ずぼっ。 あれ、変な感触。足が沈んだ。咄嗟に確認すると、サイトのお尻のすぐ下、太股の間あたりに つま先が入り込んでしまったらしい。ぎょっとしてその足を引き抜こうとしたら――。 「う……あ、ああぁ……」 サイトはとろけたような、絶望したような、よくわからない声を上げた。サイトの体がびくんびくん跳ねる。 ひょっとして、一番気持ちいいのになった? 足の下でサイトが震えるのを感じながら、期待する。 それから、何十秒かして。ぐったりしてしまったサイトの喉から漏れてきたのは、 「……どいて……」 という、妙に冷えた声だった。さっきまでの懇願とは違う、淡々とした声。 「あ……うん……」 なぜかその静かな声に気圧されて、わたしはサイトの上から降りる。サイトはゆっくりと身を起こすと、 これまた静かな動きでベッドから降りた。 「あ、サイト。そ、その……良かった?」 聞くと、サイトはわたしの方を向き、……笑いかけた。感謝の笑顔とはほど遠い、自嘲みたいな引きつった笑み。 「サ、サイト…?」 なんだか、致命的に悪いことをしてしまった予感がする。それが何なのかはわからないんだけど。 サイトはそのまま、ふらふらと変な歩き方で部屋から出て行った。 どこに行くのか聞きたかったけど、その背中が『何も聞くな』と語っているような気がして、声がかけられなかった。 後に、わたしはこの日の出来事を思い出す度にごろごろ悶え転がることになるのだけれど、それはまた別のお話。 つづく 前の回 一覧に戻る 次の回
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その能力、『ヘブンズ・ドアー』によって本に変えたタバサを、露伴は真剣な眼差しで見つめていた。 ガリア。王族。エルフ。母親。人形。雪風。北花壇騎士団。ガーゴイル。使い魔。幽霊。はしばみ草。キュルケ。読書。 風韻竜。シルフィード。王都リュティス。プチ・トロワ。トライアングル。イルククゥ。イザベラ。風の妖精。ジョゼフ。 そよ風。グラン・トロワ。親友。エルフの毒。ヴェルサルテイル宮殿。シャルロット・エレーヌ・オルレアン。 父を暗殺され、母は自分をかばってエルフの毒を飲んで心を蝕まれている。 王家としての名を剥奪され、ガリア王国の汚れ仕事を一手に担う、存在しない『北』の名を持つ騎士団。 そんなタバサの記憶を、露伴はどんな気持ちで読んでいるのだろうか。 タバサの過去を、記憶を。一体どんな気持ちで。 「………『今起こったことは全て忘れる』………と」 「………っ」 「あぁ、起きたかい」 机に突っ伏していたタバサが顔を上げて、最初に目にしたのは真正面のイスに座っている露伴の姿だった。 右手で頬杖を付いて、左手でページをめくって読んでいるそれは、絵本だ。 「ぼくが住んでたところと文字が違うんでね、ほとんど読めない。かろうじて絵柄でストーリーがわかる絵本を読んでいるというわけさ」 訊いていないのに説明する露伴の顔を凝視しながら、タバサは必死で頭の中をバイツァ・ダスト。 何があった、何が起こった? さっきまで何をしていた? 何をされた? なにかを。いったい何を? 凝視するタバサの視線に、露伴は気付いていながらも本へ降ろす視線を決して動かすことはない。 タバサを視無い、文字通りの無視。この上なく理想的な無視だった。 どこから、ヴァリエールの錬金。爆発するのがわかってて外に出て……その後は……。 「おいおい。どうしたって言うんだ? まさか『忘れてしまった』と言うのかい? ぼくが、この『岸辺 露伴』がお願いしたんじゃないか。 ぼくが『何処へ行くのか訊いたら君は「図書室へ」といって、「迷惑でなければ連れていって欲しい」と言ったら君は了承した』んじゃないか」 ……そうだった。キシベロハン。そんな名前だった。 「それが図書館に着いたら急に『倒れてしまった』んじゃないか。思い出したかい?」 ………そう、そうだった。忘れていた。それに倒れるなんて、初めての経験だ。朝ご飯をもっと食べておけば良かったかもしれない。 「……お礼」 「ん? あぁ、気にする事じゃあないさ。むしろお礼を言いたいのはぼくの方さ。あんなにも素晴らしい物を見ることが出来たのだからね」 この間も露伴はタバサに視線を向けることはなかった。 そしてタバサもそれ以上何か言うことはなく、本を探しに立ち上がった。 立ち去る気配にも露伴は視線を動かさない。 じっと、机に広げられている、デフォルメされたキャラクターを凝視しながら、膝の上に乗せた静の頬をくすぐる。 それを、静はその小さな手で握りかえし、嬉しそうに笑った。 この、ヴァリエールの使い魔は本が好きなのだろうか。 そう思いながら、読みかけだった本を取って、タバサは露伴の正面の席に着く。 このトリステイン王立魔法学院の図書室には、国内はもちろん、国外で発行された本も集められている。 その蔵書量は圧巻である、彼が言った『素晴らしいモノ』とはその事だろう。 タバサ自身も、ガリア王家の出身故、それなりの暮らしをしていたとはいえ驚いたくらいだ。 本を愛するものであれば、何らかの感嘆を覚えるのは必然だろう。 だとすれば「読めない」というのは、悲しくはないのだろうか。 本を持ってきたは良い物の開かずに、タバサは露伴の顔をじい、と見つめる。 変わった服。あきらかに平民にしか見えないのに、本に注がれる視線には何か不思議な感慨を覚える。 「………こう言うときは。自分自身を読めないのが不便だな。世の中良いことばかりじゃないか」 「……何」 タバサの言葉に、露伴がようやく顔を上げた。 「ん? あぁ、いや。ただの独り言さ」 露伴はそれだけ言って再び本に視線を降ろす。 それから、露伴はその視線を上げることはなかった。 そしてタバサもあえて話しかけると言うことはなかった。 この時は、まだ。 「ふぇ……あぁ……」 一瞬、赤ん坊が声を上げたかと思ったら、露伴の方がガタンと椅子を蹴飛ばすように立ち上がった。 それをタバサは短く注意する。 「図書室」 静謐な図書室だ、それくらいの音でも他のモノの集中力をガオンッするには十分である。 「あ、あぁすまない、ちょっと急用が。おっと、この本は何処にあったかな」 左腕に静を抱いたまま、露伴は読んでいた本を返そうとするが、何処から取ったのか思い出せない。 「返しておく」 「あ? あぁ、そうかありがとう。ではお願いするよ」 タバサからの思いがけない申し出に、露伴はコレ幸いとその本を預ける。 実際は、その本をタバサの隣に置いただけだったが。 「それじゃまた。失礼するよ。ミス・タバサ」 それだけ言って、露伴は図書室を後にする。 露伴の言葉にはタバサは返事することなく、本に目を落としている。 露伴が急に慌てて出ていった理由は、タバサはきちんと理解していた。 ただ、その事のみに気を取られていて、もっと重要なことには全く気が回っていなかった。 出物腫れ物所嫌わず。 食べる物食べれば出すのは当然のことである。 そう、タオルケットに包まれた静がその中に………。 不快感に泣き出した静だったが、場所が場所だけに緊急手段を取った。 コレが教室だとかルイズの部屋だとかならともかく、図書室で大泣きされては困るからだ。 普段は露伴は静にはそんなことは書き込まない。 赤ん坊が泣くのは赤ん坊からのヘルプのサインであり、言葉を使えない故の唯一の意思伝達方法なのだから。 むしろ『泣かれないと困る』のだ。 泣かれて苦労するのは周囲の人間であり、最も近いのは露伴だが、露伴は子守りという経験を大切にしている。 泣かれることは苦ではない。ヘルプサインをしっかりと出してくれる分にはそれは十分納得のいく理由。 露伴が書き込むことは、極力その本人の性格や人生に影響が出ない程度。 そう、ルイズやタバサ書き込んだ『岸辺 露伴に協力する』と言った程度である。 それくらいならば、その本人の人格に影響しない。 ルイズならばぶつくさ文句を言いながらもちゃんと帰る手段を探すだろう。 タバサも、何度か会ううちに自分から協力を申し出てくるだろう。 タバサの性格は露伴も読んで既に把握しているのだ。 無口で無表情で、人と関わりと持とうとしないのは、自分のせいで心を病んでしまった母が理由。 しかし、人との関わりを断つという割には、あのキュルケを親友と感じているところもある。 結局は彼女も人恋しいのだ。 「だからこそ素晴らしい………。見てみたくなったぞ。魔法の使えない『ゼロのルイズ』。 他者を拒もうとする『雪風のタバサ』。そしてそれさえ溶かす『微熱のキュルケ』」 それが、彼女らのリアル。そして露伴が望むリアリティ。 「………まずは静の処理からだな。とりあえず汚物を処分して体を洗ってやって後着替えか……シエスタに頼むか。広場にいるかな」 彼女達というキャラクターが一体どんなストーリーを作り出しているのか、それを想像するだけで露伴は心が躍るのだ。 心の高ぶりに、露伴の脚は軽やかに螺旋階段を下りていった。 「ぐすっ………何よ、みんなゼロゼロってバカにして。ロハンも私おいてどっかいっちゃうし。何でよ、どうしてよ。ロハンまで私を見捨てるっているの………」 ほとんど半泣きで、一人で、ルイズは未だに部屋の片付けをしていた。 しばらく待っても露伴は帰ってこない、等のロハンはルイズのことをてっきり忘れてしまっていることなど露にも知らず。 幼い頃からそうだった。ヴァリエール公爵家の三女として生まれたにもかかわらず、魔法が一切使えない。 その事を、両親にも落胆され、上の姉にはバカにされ……そして使用人にすら哀れまれる始末。 下の姉だけは、いつかきっと出来るようになると慰めてくれたけれど。 ただ、使い魔が召喚できてとても嬉しかった、それが平民で前例がないとは言っても、始めて、始めて魔法が成功したのだから。 それなのに………それなのに……。 「ちょっとルイズッ」 唐突に教室のドアが勢い良く開かれる。 慌ててルイズは目の端に浮かんだ涙を拭う、こんなところを他の誰かに見られたくない。 「……何よキュルケ。片付け中よ」 慌ててやってきたのは憎きツェルプストーの女。 「あんた使い魔はどうしたのよ」 「知らないわよっ!」 ルイズの叫びにキュルケがひるむ。 「知らないわよあんな奴! 人の話聞かないし。人をご主人様だと思わないし。赤ん坊ばっか気にしてるし。勝手にどっかいっちゃうし。ご主人様ほっぽって……うっ……ぐっ……」 「あんた………泣いてるの」 「泣いてなんかないわよ! なくもんですか! 掃除の邪魔だからどっか行ってよバカァッ」 意固地になっているルイズを、茶化せるほどキュルケはバカではない。 ただ、頭の中でグルグルと何かが渦巻いて前後不覚になっている、それを一発で目を冷ます、気の利いたコークスクリューを放った。 「掃除している場合? あんたの使い魔がいまギーシュと決闘しようって言うのに、あんたはこんなところでのうのうと掃除してるってわけ?」 「今なんて?」 「あんたの使い魔が、ギーシュと決闘するって言ってんの。ヴェストリの広場よ、止めるなら今のうちじゃない?」 ヴェストリの、とまでキュルケが言ったところでルイズはその手に持っていた机の瓦礫を放り捨てて教室を飛び出した。
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ルイズが倒れていく。 糸が途切れた人形のように、力なく自らの血溜りに沈んでいく。 彼女に遅れ、宙に舞ったネックレスが落ちていく。 それは彼がルイズに贈ったプレゼント。 二人の絆の証はワルドの杖に断ち切られていた。 石床に落ちたネックレスが乾いた鈴のような音を立てる。 それを耳にした瞬間、彼の中の何かが終わりを告げた…。 「っ……!」 自らの偏在に斬られ倒れ伏すルイズの姿。 正気に立ち戻った彼は自身の蛮行に凍りついた。 ワルドとて彼女を傷付けるつもりは無かった。 しかし、歯止めの利かない何かが彼の身体を突き動かしたのだ。 杖を握り締めたまま、ワルドは呆然と立ち尽くす。 しかし、微かに聞こえたルイズの呼吸が彼を現実に引き戻した。 彼女はまだ生きている。 出血の割に、それほど深手ではなかったのか。 彼女に手を上げた事実は変わらないが、 起きてしまった事は取り返しがつかない。 今はこのアクシデントを最大限に生かすべきだ。 使い魔の意識は完全にルイズへと向けられている。 この隙に逃げ果せるかもしれない。 既にフライの詠唱は終わっている。 後は、この杖を振り下ろすだけでいい。 ワルドが杖を振り上げた刹那、 礼拝堂に雷鳴にも似た音が響き渡った。 どさりと重い音を立ててウェールズの遺体が落ちる。 その顔の上に朝露のように滴り落ちる鮮血。 それはだらりと垂れ下がったワルドの腕から垂れていた。 彼の肩口には大きな穴が穿たれていた。 そこから止め処なく血が溢れる。 「チィ…! 外したか!?」 声のした方向にワルドが視線を向ける。 そこには壁に背を預けたまま、銃口を向けるアニエスの姿。 最初に捨てた銃を拾って再装填したのか。 「貴様ッ…!!」 武器を失い、動けないと思っていた相手からの逆襲。 油断していたとはいえ、平民に手傷を負わされたのだ。 屈辱に彼の怒りは沸点に達した。 アニエスの身を八つ裂きにせねば気は収まるまい。 しかし直後、彼はウェールズの遺体を置いて全力で飛び去った。 冷静に戻ったのではない、引き戻されたのだ。 頭に上った血さえ凍りつくような恐怖を彼は体感した。 それは訓練や実戦で得られた勘などではない。 生物が持つ、純粋な生存本能が彼を死より遠ざける。 「ウォオオオオオオオム!!」 ルイズの傍らに寄り添い、気が狂わんばかりに叫ぶ。 胸元から首筋まで断ち切られた傷跡。 それを前にして彼は吼え続けた。 「落ち着け! 彼女は無事だ!」 彼を落ち着かせようとアニエスが伝える。 致命傷と思えた一撃は彼女の命を奪うに到らなかった。 大量に血を失った所為か、顔色は悪いが自発的な呼吸もある。 それに心臓の鼓動も脈もしっかりしている。 安堵した直後、彼女は我が目を疑った。 切り開かれたルイズの傷が見る間に塞がっていく。 奇跡と呼ぶに相応しい現象を前に、彼女は驚愕するより他になかった。 彼が分け与えたバオーの分泌液は未だルイズの体内で作用し続けていたのだ。 これが偶然だったのか、必然だったのかは判らない。 確かなのはルイズが助かるという事実のみ。 放心状態にあったアニエスの顔にもようやく喜色が浮かぶ。 そうして振り向いた先に彼の姿は無かった。 気が付けば彼は既に礼拝堂の出口へと歩みだしていた。 繋ぎ合わせた前足が動くのを確かめると、彼は疾風の如く駆け出して行く。 「待て!」 その背に声を掛ける間などありはしない。 火勢の衰えぬ礼拝堂の中は灼熱と化している。 このまま放置すれば一命を取り留めたルイズとて危ういのだ。 そんな事はアイツだって判る筈だ。 なのに、守るべきルイズを放り出して何処に行くのか。 痛む足を引き摺りながらアニエスは彼女を運ぼうとする。 歯を食いしばって上がりそうになる悲鳴を押し殺す。 大丈夫だ、痛いのは神経が繋がっている証拠だ。 ならば、まだ足は動かせる。動かなくとも気合で動かす。 「……、………!?」 痛みで意識の飛び掛ける中、彼女は誰かの声を聞いた。 それが誰かを思い出そうとしても頭に靄がかかる。 ここにいる筈がないと、彼女が無意識の内に自覚していたからだろう。 聞き覚えのある声は更に大きく、鮮明に聞こえてくる。 突如、脚に走っていた痛みが和らぐ。 感覚を失ったのかと危惧し、彼女は自分の脚へと目をやった。 そこには地面より離れて浮き上がる両足。 気が付けば、自分の身体は誰かに抱え上げられていた。 顔を上げた瞬間、アニエスはアレが誰の声か思い出した。 「ギーシュか…! お前、どうしてここに!?」 「勿論、追って来たに決まってるじゃないか」 「バカか! ここは敵に囲まれているんだぞ!」 「なら、尚更アニエスを置いていく訳にはいかないさ」 笑顔で応えたつもりが、ギーシュの顔は引き攣っていた。 女性一人を持ち上げる腕力など貧弱な彼にある筈がない。 それでも男らしい所を見せようと彼女を抱き上げているのだ。 その証拠に今も彼の脚はプルプルと震えている。 唇が触れ合うような距離で二人が向かい合う。 その事に気付いたアニエスの顔が瞬時に赤く茹で上がる。 まともに男性と付き合った事がないどころか、女性らしい扱いもされなかった彼女だ。 こうしてお姫様抱っこされるなど初めての経験だった。 「い…いいから降ろせ! 自分で歩ける!」 「わ、た、頼むから暴れないでくれ! どう見たって、その脚じゃ無理に決まっているだろ!」 まるで子供が駄々をこねるように腕の中でワタワタと暴れ回る彼女を、 ギーシュは足を踏ん張って懸命に押さえ込む。 しかし、アニエスも何とか離れようと必死だった。 ドキドキと高鳴る心臓の音を聞かれやしないかと気が気ではない。 こうして男性に身を任せるなど彼女には考えられない。 唯一、自由になる両手で必死にギーシュを叩く。 ちなみに本人にとってはポカポカ叩いているつもりでも、 ギーシュにとっては内臓に響くボディーブローの連打である。 プルプルと震えていた膝は遂にガクガクと上下に揺れだす。 「…………」 そんな二人をタバサが冷めた目で見つめる。 ルイズは自分に任せて、ギーシュに彼女を運ぶように自分は頼んだ。 だけど何故あの男は怪我人を抱き上げているのだろうか? それも、見ているこっちが恥ずかしくなるようなお姫様抱っこで。 ギーシュが助けを求めるようにタバサへと視線を向ける。 その彼女の横には、レビテーションで浮かべたルイズの姿があった。 「と…とにかく早くここから脱出しないと」 気を取り直したギーシュが口を開く。 余計な事で時間を食ってしまったが事態は深刻だ。 既に城内は敵に包囲され、いつ殺されてもおかしくない状況にある。 もはや強行突破しかないのかと本気で考える。 ルイズ達と合流した今ならあながち不可能ではない。 しかし頼りにしている彼の姿は何処にも無かった。 「アイツなら外に飛び出していったぞ」 「外にってルイズを置いてかい?」 ギーシュの疑問に答えたのはワルキューレに抱えられたアニエスだった。 思わずギーシュが聞き返す。 まださっきの事が尾を引いているのか、未だに顔を赤らめたまま彼女は頷いた。 加えてワルキューレに抱き上げられている事もあるだろう。 レビテーションを使っている間は他の魔法は使えない。 それでは敵と遭遇した際に応戦さえも出来ない。 そこでルイズとアニエスの二人をワルキューレに運ばせる事にした。 放置しておく訳にもいかず、同様にウェールズの遺体も持っていく。 ギーシュとアニエスが顔を見合わせる。 二人とも考えている事は同じだった。 いや、恐らくはキュルケ達も同意見だと思う。 彼が怪我したルイズを置いて何処かに行く筈がない。 誰もがそう考えている。 しかし、現に彼はここにはいない。 「…敵を撹乱しに出たのかもしれない」 タバサがポツリと呟く。 彼女とてそれが正しいのかどうか判らない。 ただ、そうあって欲しいと思っただけかもしれない。 まるで私達から逃げ出すかのような彼の行動。 そこにタバサは微かな不安を感じていた。 どちらにせよ、ここでこうしていても答えは出ない。 「この城に脱出路は?」 「地下空洞に繋がる隠し港がある。 そこから非戦闘員を載せた避難船が出航する手筈だ」 簡潔なタバサの問いにアニエスも的確に答えを返す。 それに頷きで返すと彼女に道案内を頼んだ。 先陣を切ってキュルケが前へと歩み出る。 敵で溢れかえった城内で、戦闘を回避するのは不可能。 図らずも初陣となった彼女に怯えは無かった。 しかし、いつものような高揚も無い。 ただ静かに彼女は振り返らずアニエスに訊ねた。 「…ねえ、貴方アニエスって言ったわね? 道すがらでいいから教えてくれるかしら。 ここで何が起きたのか、どうしてこの子が巻き込まれたのか、 そんでもって何処のどいつが、この子をこんな目に合わせたのかを…!」 顔は見えずとも語気だけで怒りが伝わってくる。 身に纏う空気だけで肺が焼かれそうな気迫。 “微熱”は礼拝堂を焼く炎の如く“灼熱”と変わっていた。 礼拝堂から少し離れた城内の廊下。 そこを息を切らせながら少女が駆ける。 着慣れたメイド服が今は鉛のように重たい。 スカートの端を摘み上げても走るのには向かない。 それでも彼女は懸命に脚を動かし続けた。 振り返りもせずに、背後から迫る恐怖から逃れようとしていた。 直後、彼女の身体が縫い止められた。 振り向けば、そこには自分の三つに編んだ髪を掴む男の姿。 雑多な武装で身を包んだ山賊紛いの粗野な風貌。 明らかに貴族派の正規兵とは違う。 獣臭のする荒い吐息を掛けながら男が歓喜の声を上げた。 「戦利品だァーー!!」 髪を乱暴に掴まれて泣きじゃくる少女の事など気にも留めない。 それは男が宣言した通り、人ではなく物を扱うかのような振る舞いだった。 そのまま少女を組み伏せようとする男の背後から、数人の男と頭目と思しき人物が現れた。 どこかで拾ったワインの瓶を片手に持ち、それを煽りながら男に注意を促す。 「遊ぶのは構わねえが、さっきみたいに壊しちまうんじゃねえぞ? そいつらは後で商品として売りに出すんだからよ」 「へへ、分かってまさあ」 目線だけを送りながら会話していた男が、懐から短刀を取り出す。 そして、まるで撫でるかのように彼女の襟に刃を這わせた。 表情に嫌悪を浮かべるも恐怖に硬直した身体は動かない。 助けてくれる騎士様は何処にも居らず、屈強な傭兵達にメイドが敵う筈も無い。 「いい子だ、さっきの嬢ちゃんみたいに暴れてくれるなよ。 手が滑って中身まで裂いちまうからよ」 「ひっ…!」 その一言に彼女は完全に凍りついた。 それに下卑た笑みを浮かべながら男は刃を引き下ろす。 刹那。男の視界に血飛沫が飛び散った。 身体を刻んだつもりはないが、刃が何処かに当たったのか。 目の前の女は目尻に涙を浮かべたまま、こちらを凝視している。 死んでないなら問題はない。少し傷が付いても値が下がるだけだ。 愉しむ分には何の障害にもならない。 だが、男にある違和感が走った。 少女が見ているのは自分ではない、その隣だ。 不意に、彼は視線を移した。 そこにあったのは短刀を握った自分の右手。 本来あるべき場所からは血が溢れ出していた。 「ッッァァァアーー!!?」 思い出したかのように走る痛みに蹲る。 俯いた彼の目が床に落ちる自分とは別の影に気付いた。 見上げた瞬間、それは張り付いていた天井から舞い降りる。 見た事も無い蒼い獣。 その前脚が男の被った鉄兜へと当てられる。 叩き付けたのでもなく、引っかいたのでもない。 ただ、ぽんとそこに置かれただけの脚。 しかし、それは死神の鎌そのものだった。 頭目の手から滑り落ちた瓶が音を立てて砕け散る。 彼は今、ありえない物を見ていた。 飴のように溶けた兜と頭蓋骨がドロドロに入り混じる。 それが、ぐにゃりと粘土のように捻じ曲がり潰れていく。 倒れた男の顔は、もはや人間としての原型を留めていなかった。 傭兵の頭目として生きてきた彼は死を恐れてはいなかった。 生と死の狭間にあって、幾度も人の死を目撃してきた。 運が無ければ人は容易く死ぬ、いずれは誰しもがくたばる。 ただ感覚が麻痺していたのかもしれないが、いつ死んでも後悔は無かった。 そう思うからこそ、自分の欲するまま悪行の限りを尽くして生きてきた。 だが…今は違う。 許されるならば惨めに頭を地面に擦りつけ、 群集から罵倒され石を投げつけられようとも生きたい。 あんな無惨な死に方だけは絶対にしたくない。 しかし、そんな都合のいい願いが目の前の物に通用する筈が無かった。 逃げ出そうとした脚は糸を引くように断たれた。 床に這いつくばるように転倒した男の背に掛かる確かな重み。 それがあの獣の前脚だと確信して、男は恨めしそうに声を上げる。 「…化け物め」 その言葉を最後に、男の心臓は他の臓器と共に溶け落ちた。 空洞となった男の胴体を見下ろして、バオーは屍に問い掛ける。 “ならば、お前達は何者だ?” ここに到るまでに彼は何人もの屍を見てきた。 自らの身体を盾にした老婆ごと赤子を貫く幾本もの槍。 腹と衣服を割かれて息絶えていた少女。 壁に貼り付けにし銃の的にされた衛兵。 何故、殺すのか。 何故、奪うのか。 何故、悲しまないのか。 ひとつとして彼には理解できなかった。 彼は知らなかった。 同族を戯れで殺す種族の存在を。 何の意味も無く命を奪う生物の存在を。 この地上で最も残忍で、最も恐ろしい物の事を。 新たな敵意の臭いを嗅ぎつけて、彼は駆ける。 ルイズが倒れた今、ルーンの束縛も心の歯止めも無い。 彼は完全に“バオー”として覚醒を果たした。 全ての敵意を刈り取り、己の命を守るだけの存在。 それが今の彼だった。 だからこそ彼はギーシュ達から逃げ出した。 自分を愛してくれた仲間だからこそ、彼等には見せたくなかった。 殺戮を繰り返す化け物に成り果てた今の自分の姿を…。
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編集 ゼロの使い魔 on the radio 第11回~第20回までのキーワード ←キーワード 第11回 ゲスト「キュルケ役」井上奈々子さん登場!(2006年8月18日) [部分編集] OP小芝居 『ルイズ:ツッコミLv2』(扇ぐ、ルイズツッコミ) OP(はやっ) 魔法学院 応接室(ゲスト:井上奈々子) 曲[TVアニメ「ゼロの使い魔」主題歌「First kiss」] 魔法学院 宝物庫[テーマ:懐中電灯](タイトルコール:井上ちゃんに手伝って貰った) 曲[TVアニメ「ゼロの使い魔」エンディングテーマ「ホントノキモチ」] 貴族と平民(暑いとき、魚を買うとき、老後、食事で椅子を引いてもらうとき、こけた時、ペットの服) (3万人のリスナー、マイナスイオン、肝試し、ヨークシャテリア、) 第12回 日野ちゃまを”かませたい”対決メール(2006年8月25日) [部分編集] OP小芝居『サイト:洗濯Lv5』 OP(東京特許許可局長今日急遽休暇許可拒否、ルイズいる) 魔法学院 掲示板[日野ちゃまの勝手に女性キャラ人気ランキング結果発表♪](シエスタが出ちゃったよ、エロイぞ) 曲[ゼロの使い魔キャラクターCD ルイズ&才人編「Follow Me!!」] 曲感想 魔法学院 宝物庫[テーマ:懐中電灯](タイトルコール:プーさん風) 曲[TVアニメ「ゼロの使い魔」エンディングテーマ「ホントノキモチ」] 貴族と平民(プール、海外旅行、立ち入り禁止の世界遺産、金縛り、お化け屋敷、お風呂の残り湯) (バカジャナイヨ、日野フラッシュ、ミコノス島、世界の車窓から、情熱大陸、幽体離脱、) 第13回 またまた日野ちゃまを「かませる」メールでいっぱい!(2006年9月1日) [部分編集] OP小芝居『ルイズとサイトとなぞかけ』 OP(ミコノス島、キュルケのフルネーム) 魔法学院 購買部(ゼロの使い魔DVD第一巻) 曲[ゼロの使い魔キャラクターCD2 ギーシュ モンモランシー編「薔薇のプライド」] 曲感想 魔法学院 宝物庫[テーマ:炊飯器](タイトルコール:気持ち悪いおじさん風) 曲[TVアニメ「ゼロの使い魔」エンディングテーマ「ホントノキモチ」] 貴族と平民(コンビニで払うとき、寝るときの服装、シャンプー、働かずに暮らして、) (ジャパン、あいうえお、) 第14回 かみかみ現象「小芝居コーナー」にも波及・・・(2006年9月8日) [部分編集] OP小芝居『ルイズとサイトと剣の鍛錬1』 OP(ゼロの使い魔感想) ヴェストリの広場(ルイズいざ伊豆へ、サイト野菜とさとる、居酒屋でイザコザ、映画化、ドラマ化、スキップ、ぽんぽこ) 曲[ゼロの使い魔キャラクターCD3 タバサ キュルケ編「あなたしか欲しくない」] 魔法学院 宝物庫[テーマ:炊飯器](タイトルコール:ロボット風) 曲[TVアニメ「ゼロの使い魔」エンディングテーマ「ホントノキモチ」] 貴族と平民(道を歩いているとき、高い買い物をしたとき、水族館、宝くじ、ケーキ、) (彦摩呂、ごくう、長州小力、カニ、クリオネ、クラゲ、) 第15回 もうこれしか書かないヨ「がんばれ!日野ちゃま!」(2006年9月15日) [部分編集] OP小芝居『ルイズの恩返し』 OP(早口言葉) 魔法学院 会議室[議題:ゲーム ゼロの使い魔 小悪魔と春風の協奏曲] 曲[ゲーム ゼロの使い魔 小悪魔と春風の協奏曲 主題歌「Treasure」(歌 ICHIKO)] 魔法学院 宝物庫[テーマ:デジタルカメラ](タイトルコール:ノリノリな感じで) 曲[ゼロの使い魔 キャラクターCD4 シエスタ アンリエッタ編「誓いのアリア 」] 貴族と平民(楽器、輪ゴム、カレー・スプーン、3LDK、噛んだりいい間違えたとき、駄洒落、なになにの秋) 第16回 消え物コーナー日野ちゃま「バ○ナ+マ○ネーズ」(2006年9月22日) [部分編集] OP小芝居『灯台下暗し』 ヴェストリの広場(高速増殖炉もんじゅ、バナナ・マヨネーズ) 曲[ゼロの使い魔キャラクターCD3 タバサ キュルケ編「翼」] 魔法学院 宝物庫[テーマ:タクシー](タイトルコール:ルパン風) 曲[ゼロの使い魔キャラクターCD4 シエスタ アンリエッタ編「瞳の中の夕焼け~My truth~」] 貴族と平民(週刊誌、キュルケの誘惑、おまけ付・大人買い、シャワー浴びるとき・oh yesyes、エビフライ・尻尾、女の子を口説くとき・くさいセリフ) (ままごとトントン、シャンプー、ギーシュ、古典、ごつかれさん) 第17回 とうとう最終回!「オープニング小芝居」は凄いぞ(2006年9月29日) [部分編集] OP小芝居『俺がルイズで、ルイズが俺で』 ルイズのお部屋 「クイズ!正解は釘宮理恵 リターンズ!」(賞品:烏骨鶏プリン(1260円)) 曲[TVアニメ「ゼロの使い魔」主題歌「First kiss」] 魔法学院 宝物庫[テーマ:タクシー](タイトルコール:爽やかかつ元気いっぱいに) 曲[TVアニメ「ゼロの使い魔」エンディングテーマ「ホントノキモチ」] 貴族と平民(カレー、パチンコ、文庫本、チキンラーメン、お酒&お風呂、焼き芋・落とし穴) (焼肉食べたいな、ランナウェイ、お酢、) 第18回 ゼロラジオが”冬”スペシャルで帰ってきた!!(2006年12月27日) [部分編集] OP小芝居 『ルイズとサイトと惚れ薬』 ルイズのお部屋 「クイズ!正解は釘宮理恵2006」(賞品:あまおう) 曲[TVアニメ「ゼロの使い魔」主題歌「First kiss」] 貴族と平民(睡眠&授業、ゆで卵、ハンバーガー、ペット、ステーキ、ナタデココで) 曲[TVアニメ「ゼロの使い魔」エンディングテーマ「ホントノキモチ」] (第1回を全て聞いたユニーク数は89264、バリューセット、) 第19回 復活2回目!息のあった(?)トークをお聴き逃し無く!(2007年1月27日) [部分編集] OP小芝居『ルイズとサイトとお正月』 OP[二人の抱負](一心不乱、先手必勝、好きな人、ヤマグチノボルからメッセージ、) ヴェストリの広場(最近は待って抜け出せないこと、噛み噛み回数、) 曲[ゲーム ゼロの使い魔 小悪魔と春風の協奏曲 主題歌「Treasure」(歌 ICHIKO)] 言葉の魔法(魔術師手術中、この杭の釘は引き抜きにくい、隣の客は良く蟹食う客だ or 隣の蟹は良く客食う蟹だ) 貴族と平民(珍味、間食、賞味期限、自動販売機、しおり) (歯の矯正、宣戦布告、) 第20回 早口言葉。今回の日野ちゃまは冴えているゾ!(2007年2月27日) [部分編集] OP小芝居『ルイズとサイトと闇鍋』(ルイズ役:釘宮理恵、サイト役:日野聡) ヴェストリの広場(暇・お茶でもしませんか、結婚、シンプルイズベスト、わっしょい、マッシュとマロンの名前の由来) 言葉の魔法(バスガス爆発(バスが酢爆発)、主要商社出張詳細調査書、生々しい生麦 生々しい生米 生々しい生卵) 貴族と平民(500玉貯金、お米、お寿司、コンビニ) (暖かい、ホワイトデー、チョコとかやってない、レバ刺し、お寿司食べさせてください、散歩、歩く、どんどん太ってるよ、)
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前ページ次ページゼロの花嫁 三百騎は走る。走る。走る。 幾たびも陣を飛び越え、軍を切り裂き、悲鳴と断末魔を纏いながら。 魔法をまともにくらい、馬から転げ落ちたアルビオン兵は、地面に叩き付けられるなり飛びあがる。 血走った目のまま、トドメを刺さんと近寄って来た兵の首元に喰らいつき、首回りの筋肉ごと咬み千切る。 後ろから槍で突かれ、深々と胴体に刺さったそれを片腕を振り下ろしてヘシ折り、 同じく横から槍で突きかかってきた男に飛びかかる。 槍で脇腹を抉られながら、敵の口と目に指を突き入れ、全力で握り締める。 同時に四方から槍を突き刺されるが、手の力はいささかも衰えず、 くぐもった悲鳴をあげ敵が倒れるのと同時に、男は力尽き倒れた。 ほっと、皆が一息ついた直後、男はがばっと立ち上がる。 全身から垂れ下がる槍を引きずりながら数歩歩いた後、男は再び倒れ、二度と起き上がる事は無かった。 歩み寄られた兵は、蒼白になりながら尻餅をつく。 「何だよこれ! こんなの聞いてねえぞ! こんなバケモノ相手なんてやってられっかよ!」 又、別所で同様に落馬した兵は、自らをも巻き込んだ炎を放ち、 全身を炎で包みながら更に斬りかかり、都合六人を巻き込んで絶命した。 戦場に正気を持ち込むなどそれこそ正気の沙汰ではない。 が、そんな戦場にあっても更に異質であるこの狂乱は、 長きに渡って裏切りに耐え続けてきたアルビオン兵の魂の叫びなのだろう。 男達は、戦場故と無理矢理納得してきた理不尽、不条理に、全身全霊を持って抗う。 理不尽な敗北も、不条理な死も、我等のみに下る裁可ではないぞと言わんばかりに。 最前衛を走るウェールズは緊張に身を硬くする。 上空彼方より飛来する飛竜部隊を目にしたからだ。 これに対する術をウェールズ達は持ち合わせていない。 ただ耐えに耐えて敵陣に斬り込み、敵味方入り乱れた状況を作る他無いのだ。 「任せて!」 馬列の中ごろから一騎が前へと走り出てくる。 その姿を認めたルイズがこの場に合わぬすっとんきょうな声を上げる。 「キュルケ!? アンタまで来てたの!」 「来ちゃ悪いみたいな言い方ね! アンタへの文句は地獄でありったけ聞かせてあげるから今はすっこんでなさい!」 杖を翳して詠唱を始める。 重苦しい言の葉の数々と、額に汗するキュルケの様子から並々ならぬ術であるとわかる。 「爆炎!」 キュルケの澄んだ声が響くと、見上げる空一杯に炎が広がった。 竜騎士達は隊列を組み、暴徒としか形容しようのないアルビオン軍へ急降下攻撃を敢行する。 そんな彼らの眼前に、突如炎の壁が出現したのだ。 慌てて竜を操る手綱を引く者は最悪の結果を迎えた。 減速した状態で炎の中に飛び込み、全身を炎に包まれ落下する。 勇気を持って加速を行った者は、それでもキュルケの爆炎の魔手から逃れる事は出来なかった。 炎の壁はすぐに突き抜けたが、極端に酸素が失われた大気を吸い込んでしまった彼らは、 胸を襲う苦しみに耐え切れずやはり竜から転げ落ちた。 後方に位置していた為、辛うじて回避が間に合った数騎のみが空を飛びまわるが、見下ろす惨状に目を覆う。 アルビオンが誇る竜騎士が、ほんの一瞬で二十騎以上失われたのだ。 数十メイルにも及ぶだろう炎の壁、こんなものを作り出す魔法など聞いた事も無い。 竜騎士隊の隊長は、それでもと再度の突撃を命じる。 これほど規模の大きい魔法を連発など出来るものかと。 儀式や魔法の道具を用いて行ったと考えるのなら、確かに隊長の判断も正しかっただろう。 しかしこれはキュルケがただ一人で、詠唱のみを頼りに行った魔法である。 五度の突撃に失敗し、多大な損害を出した所で竜騎士隊副隊長は撤退を決意する。 隊長は怯える部下達を叱咤する為三度目の突入に参加し、とうに落竜していた。 「アンタいつの間にこんな大技使えるようになってたのよ!」 ルイズがぼろぼろ落ちてくる竜騎士達を見ながら怒鳴ると、 キュルケはぬぐってもぬぐっても垂れてくる汗に辟易しながら答える。 「何時までも貴女が一番何て思わない事ね!」 「言ってなさい! すぐに突き放してやるわ!」 「はっ! あの世までだって追い掛け回してやるわよっ!」 二人の会話に合わせるように、後方から急を知らせる馬が駆け寄って来る。 そんな馬と並ぶように上から声が響いて来た。 蹄鉄が大地を蹴る音は、それ以外の音を全て消し去る程の音量であったが、 確かに、その声はルイズとキュルケに届いたのだ。 「北西へ!」 二人が同時に見上げると、後方上空に見慣れすぎたあのバカヤロウが居た。 敵中をただ一騎のみで突き抜けてきたのだろう。 美しさすら漂わせていた竜の体はそこかしこに魔法傷やら矢傷を負っている。 それでも威容は失われず、雄々しき姿を、シルフィード、風の精の名に相応しい優美さを失わず、 何より目立つアルビオンの旗を掲げながらルイズ達の真上を飛び抜ける。 「北西へ! 敵本陣からずれてる! 私が先導するからついて来て!」 小さい体から、ありったけを振り絞って叫ぶのは、最後の仲間、タバサであった。 「は、はははははははっ! 何よタバサ! 貴女まで来ちゃったの!」 キュルケは笑いが止まらなくなった模様。聞こえるはずもない呼びかけをしながら笑い転げる。 狂騒の中にあっても、アルビオン兵達がこの旗を見失うはずがない。 兵達は更なる歓喜に包まれ、タバサとシルフィードに従い進路を変える。 ルイズはウェールズの側に馬を寄せる。 「殿下! 露払いは我等にお任せを!」 「わかった! ははっ! 全く君達は何処まで我等を奮い立たせてくれるというんだ!」 「無論! 敵大将を討ち取るまでですわ!」 軽やかに宣言し馬を進めると、真横に燦の馬が並ぶ。 「魔法は私が叩き落す! タバサちゃんの魔法と後ろからの風の魔法があれば、連中の飛び道具はほとんど通じん!」 すぐにキュルケも横に並ぶ。 「距離が詰まったら私が一気に大穴空けるからルイズはそこに突っ込みなさい!」 上空にタバサ、その真下を燦が駆け、すぐ後ろにルイズとキュルケが並ぶ。 何という興奮、何という感動か。 死すら恐れぬ勇猛果敢な戦士達が、タバサが掲げる旗に従い後に続いてくれる。 眼下にはそうありたいと心から願った、共に死ぬ事を無上の喜びと出来る友が居る。 四人が先導し、敵陣を切り裂く刃となる。 皆の顔が良く見える。 ルイズも、キュルケも、サンも、皆が歓喜に包まれている。 笑顔に自信などないが、それでも今自分が彼女達と同じように笑っていると確信出来る。 母には申し訳ないとも思う。 だが、全身を貫く興奮を、彼女達と共にあれる喜びを、誤魔化す事など出来ようか。 今自分は、人生において最高の時を過ごしている。 心の底から沸き起こる衝動に任せ、タバサもまた声を張り上げた。 「うぅあああああああああああっ!」 ロングビルは城内の全ての人間が船に乗ったのを確認する為、最後の点呼を行う。 青髪の少女、タバサの姿が見えないとの事だったが、 最後まで残っていた女性がタバサが竜に乗って飛び立つのを見ていた為、これは無視する事にした。 不意にロングビルの裾が引かれる。 「ん?」 ロングビルの腰までしかない身長の少女が、半泣きになりながら服にすがりついていた。 「……ぐすっ、お姉ちゃんが……お姉ちゃん何処?」 充分に確認はさせたはず。背筋に寒いものを感じながらロングビルは少女の両腋を掴んで勢い良く持ち上げる。 「誰か! この子の姉を知らない! 一緒に連れて来てる人は居ないの!」 ロングビルと共に、城中を駈けずり回っていた女性達もロングビルの側に集まって来る。 恰幅のよい女性はこの子に見覚えがあるらしく、ロングビルから少女を受け取ると宥めながら事情を聞いている。 神経質そうに見える痩せぎすの女性は、険しい表情のまま少女の姉の名を叫ぶも、何処からも返答は無い。 ロングビルの目算では外の軍もそろそろ攻城の準備が整うはずである。 中がすっからかんだと気付いた瞬間、連中は恐ろしい勢いで雪崩れ込んで来るだろう。 それまでに、痕跡すら残さずこの城を発たねばならない。 突然、ロングビルの脇を駆け抜ける影があった。 船から飛び降り、後ろも見ずに彼女は叫ぶ。 「ロングビル! その子は私が探す! 間に合わなければ出航しろ! お前ならばそのタイミングが計れるはずだ!」 そう言って走り去っていくのはアニエスであった。 血相変えてロングビルは怒鳴る。 「バカ! 戻りなさい! もうとっくに時間切れなんだってば!」 共に城を駆け回った女性達も、とうに時間切れである事は承知している。 連れ戻そうと勢いこむロングビルの腕を、恰幅のよい女性が掴んで止める。 「……我慢して、お願い」 ロングビルは振り向くと、女性に向かって両手を広げる。 自身の顔がひきつっているのにも気付かない。 「裏切って騙した後は見捨てろって!? あの子は親友なのよ! 私の大切な友達なの! もう嫌よ! 大好きな人を裏切るなんてもう耐えられない! 私は! もう二度とあの子を裏切るような真似したくないの!」 絶叫して女性の手を振りほどくと、桟橋すら使わず船から飛び降り、魔法の力で空を飛ぶ。 アニエスは城内を駆ける。 心なしか青ざめた顔色は、任務の致命的なまでの失敗によるものだ。 ウェールズ殿下からの密書が、今何処にあるのか全くわからなくなってしまった。 ルイズが密書を受け取ったとは聞いていたが、それを以後どうしたのかがわからない。 突入前にルイズが燃やしたのか否か。あのバカはそれすら明らかにせず突っ込んでしまった。 最悪の場合、密書を手にしたまま戦いに赴き、捕えられて敵の手に渡ってしまう可能性もある。 何という失態。捜査部に配属になって以来、最悪のミスをよりにもよってこのような場面でしてしまうとは。 このままではとてもではないがワルド様に合わせる顔が無い。 そんな焦りが、アニエス程の戦士の判断をも狂わせていた。 悔恨の念に苛まれながら走るアニエスの後ろから、鋭く風を切る音が聞こえた。 何事かと振り返ると、すぐそこに、ロングビルの顔があった。 魔法で空を飛びながら、勢いを殺す事すらせずアニエスに飛びついたロングビル。 二人は重なりあったままごろごろと廊下を転がる。 ようやく止まったと顔を上げかけたアニエスの眼前に、ロングビルのくしゃくしゃに歪んだ顔があった。 「バカッ! バカバカバカバカバカッ! 何でこんな事するのよ! 貴女まで死んじゃうじゃない!」 普段の冷静なロングビルの姿からはとても想像出来ない、駄々っ子のようにアニエスの胸を叩き続けるロングビル。 「お、おい……」 「うっさいバカッ! 船はもう行っちゃったわよ! どうしてくれるのよ! 私も一緒に死んじゃうじゃないっ!」 色々聞きたい事もあるが、とりあえずは、とばかりにアニエスはロングビルの両の頬を優しく両手で包み込む。 「まずは落ち着け。それで……その、なんだ……私の上からどいてくれるとありがたいんだが……」 仰向けに倒れるアニエスの上に、のしかかるようにロングビルが倒れこんでいるのだ。 「し、知らないわよそんなのっ!」 とか言いつつぴょこんとアニエスの上から飛びのいて座り込むロングビル。 体勢の恥ずかしさに気付き、ちょっと照れてるらしい。 何と言ったものか困りながら身を起こすアニエス。 「えっと、だな。ロングビル。船は行ってしまったんだな」 「……そうよ」 「ならば、何とか城から脱出しないとまずいな」 「……うん」 「ではこうしていても仕方あるまい。戦況を確認してこよう」 「…………」 立ち上がりかけるアニエスの手をロングビルが引いて止める。 「ロングビル?」 「……聞いて、欲しい事が、あるの……」 今にも敵兵が城壁を乗り越えて来るかもしれない。 そんな最中でありながら、ロングビルはぽつりぽつりと語り出す。 その真剣な表情にアニエスも抗議の言葉を飲み込む。 ロングビルは、自らの生まれと、今までにやってきた悪事を、 そしてアニエスを隠れて盗賊を行って来た事、今ここに居る理由を一つずつアニエスに語って聞かせた。 しんと静まり返った城内。 全てを語り終えたロングビルは、恐ろしくて顔も見れないのか俯いたままである。 アニエスは真顔のまま口を開く。 「ふむ、私にはそもそも友人と呼べる存在はあまり居なかったが…… それでも、盗賊の友人を持っているというのは珍しいと、思う」 先と同じように、両頬を手で包み込み、俯いたロングビルの顔を上げさせる。 「まずは生き残ろう。先の事はそれからでも遅くはあるまい。何心配はいらん、 私とお前の二人ならば大抵の問題は解決出来るだろうからな」 ロングビルの手を引いて立ち上がると、二人は並んで城の外に向かう。 途中、ぽつりとアニエスが呟いた。 「……すまん。任務に失敗し、何とか失点を取り戻そうと冷静さを欠いていた。 そのせいでまたお前を危険に巻き込む事になってしまった……」 ロングビルはおずおずと訊ねる。 「怒って……ないの?」 「正直に言うと何と答えたものか困っている。ただ、確かな事は一つある。私にはそれで充分だと思えた」 「確かな事?」 アニエスは振り返り、細い目を更に細くして答えた。 「お前は私の友だという事だ」 最早何も言わずにアニエスの首根っこに抱きつくロングビル。 「こ、こらっ。危ないだろう」 「うるさいっ、貴女はかっこつけすぎなのっ」 「人の事が言えるか。まったく、私の後を追って船から降りるなど正気を疑うぞロングビル」 ロングビルはアニエスの前にずいっと顔を寄せる。 「マ・チ・ル・ダ」 苦笑しながらアニエスは言い直す。 「マチルダ、だな。ほら、いつまでも遊んでないで、残った一人を探し出すぞ」 傭兵達を主とする前衛の軍は、真っ二つに引き裂かれ、アルビオン軍の突破を許してしまう。 たかが三百相手にあまりに脆すぎるが、それは決して彼等が弱卒であるからではない。 長きに渡って戦い続け、ようやく城にまで追い詰めたのだ。 たくさんの兵が倒れる中、何とかかんとかここまで生き残って来た。 後は攻城戦を残すのみ。それも消化試合のようなもので、勝利は目前であったのだ。 手柄を立てた報奨金も勝利した軍に居なければ得られない。 考えてみればヒドイ話だ。命を賭けて戦っても、勝利した陣営に属さねば褒美は受け取れないのだから。 もっとも負けた陣営に居たものはその大半が死んでしまうので、褒章だのなんだの言っても意味が無いのだろうが。 ともかく、首の皮を剣が掠めるような戦場を幾つも乗り越えここまで辿り着いた彼等に、 最後の最後でまた命を賭けろというのは難しい話である。 誰が勝利が決まっている戦いでわざわざ死ぬような真似をするというのか。 そんな彼等に、死兵と化したアルビオン兵が襲い掛かったのだ。 どうしてこれを止められよう。 空には竜騎士も戦艦も居る。 これらを頼めばそれだけで決着がつくだろうと少しでも考えてしまえば、もう生死の一線には踏み込めない。 しかし前衛が突破された後も、竜騎士は謎の魔法に倒され、戦艦もまた移動速度の速さに砲撃を加えられずにいる。 前衛の後ろに控えていた反乱軍主力の指揮官は、 かくなる上は数にて押しつぶすべしと槍衾を掲げ、メイジを並べて彼等を迎え撃つ。 土煙が見え、槍を構える兵達は生唾を飲み込む。 槍の後ろに並ぶメイジ達と共に居た指揮官は、その姿を見た時、自らの浅慮を悟った。 『おおおおおおおおおおっ!!』 まるで地の底からわきあがるような深い雄叫びと共に、 人と言わず馬といわず、全てを返り血に塗れさせた魔人の群れが襲い掛かって来た。 全ての兵が眦を限界までひり上げ、犬歯をむき出しにし、血と臓物に塗れた武器を振りかざす。 こんなものが、槍襖ごときで止まるはずがない。 慌てて魔法の一斉射撃を命じると、メイジ達も全く同じ感想を抱いていたのか、 これで止まってくれと祈るように魔法を放つ。 それと同時に先頭を走る集団を守るように、激しい暴風が吹き荒れる。 風の守りを突きぬけ魔法が効果を発揮したのか、 それすら確認出来ぬ凶悪な風と砂埃の中、メイジ達は闇雲に魔法を放ち続ける。 それ以外、この恐怖から逃れる術は無いのだから。 メイジ達が聞いたのは、一際大きな蹄の音、そして、自らを切り裂く剣の金切り音であった。 一足飛びに槍襖を飛び越え、槍兵達には目もくれず後ろのメイジ達を斬り殺す。 詠唱の間をも惜しみ、魔法すら使わず全て武器にて打ち砕く。 アルビオン軍がそのまま後ろの兵達に襲い掛かると、反乱軍の兵達は恐慌状態に陥ってしまい、 逃げる者や前に進む者が入り乱れて大混乱を引き起こす。 アルビオン兵達は、まるで雑草を刈り取るかのように無造作に、次々と反乱兵達を斬り倒していく。 倒れた兵士達の目は恐怖に怯え、驚愕に見開かれたままであった。 そんな中でも、やはり突破しきれず落馬するアルビオン兵も居た。 しかし落馬した彼らはやはり狂戦士のままであり、血に飢えた獣のように道連れを欲する。 彼等の常軌を逸した蛮勇が、反乱軍に更なる混乱を呼び起こす。 指揮官達が包囲の指示を下すも、そう動けるのは一部のみで、各隊の連携も取れぬままにただただ蹂躙されていく。 それでも兵には疲労があり、限界がある。そう盲信して部下に死ねと命じ続ける。 こんな馬鹿げた事があってたまるか、そう何度も口ずさみながら。 アニエスとマチルダの二人が城の窓から外を伺うと、かなり遠くからだが鬨の声が聞こえてきた。 「やばいっ! もう動き出してる!」 「き、来たっ!」 マチルダが声を上げるのと同時に、すぐ近くから声が聞こえた。 窓から体を乗り出して隣を見ると、どうやら逃げ遅れたらしい少女が同じく窓からこちらを覗きこんでいた。 「アンタああああああああ! 何やってんのよこんな所でえええええええ!」 思わず怒鳴りつけてしまうと、少女は首をすくめて言い訳を始める。 「ご、ごめんなさいっ! でも、私、その、何処に行っていいのかわかんなくて……」 恐らくあちらこちらとうろちょろしてたせいで、城内探索の目にも止まらなかったのだろう。不運にも程がある。 何より不運なのは、彼女の年が十四五才に見える事。 もっと小さければもしかしたら見逃してもらえるかもしれない。 しかしこの年で女性となると、そんな楽観的な見方はとても出来ない。 最初に突っ込んでくるだろう兵達の慰み者以外の未来が見えない。 いや、まあ、実際の所アニエスとマチルダの未来もそれっぽいのだが。 「あー! もうっ! とりあえず一度連中追い返すっきゃないじゃない!」 鬨の声は徐々に近づいて来ている。 マチルダはその速度の遅さから、攻城兵器を伴っていると当たりをつける。 実はマチルダさん、反乱軍の鎧を一着用意してあったのだ。 これを着て敵に紛れて脱出という作戦を考えていたのだが、今のままだと二着程足りない。 アニエスを伴い、大急ぎで城壁上へと駆け上がる。 矢穴から外をのぞきこむと、思わず声を上げてしまった。 「うっひゃー、空城攻めるのにどんだけ気合入ってんのよこいつ等」 文句を垂れながら得意の魔法を唱えるマチルダ。 「撃ち漏らしは私が……やるしか無いか。第一陣だけでも何とかしない事にはどうしようもないな」 「は、はいっ。頑張りますっ」 アニエスは後ろから聞こえてきた声の主へと振り返る。 先程合流した逃げ遅れた少女であった。 「……何故お前がここに居る?」 「えっ!? だ、だって一人じゃ心細いじゃないですかぁ……」 「知るか! ここはいいから城の中で二三週間ぐらい隠れられる場所でも探して来い!」 「ひゃ、ひゃーいっ!」 緊張感があるんだか無いんだかわからない悲鳴と共に城壁を駆け下りていく少女。 そんな馬鹿をやってる間にマチルダの術が完成する。 身の丈三十メイルの巨大ゴーレムは、これ程の規模の戦争においても、存分に存在感を発揮する。 城壁の高さが十メイル程なのだから、さにあらんやである。 勢い余って城下町をぼこぼこにしながら、城壁へと擦り寄ってくる攻城兵器を次々踏み潰し、蹴り飛ばしていく。 しかし如何に巨大ゴーレムといえど、城壁全てを守れるほどの規模ではない。 鈍重なゴーレムの手の届かない場所に、巨大なはしごをかけて城壁を昇らんとする敵兵達。 アニエスは慌ててその場に駆けつけると、鉄のつっかい棒ではしごを思いっきり前へと突き出す。 城壁によりかかる事でバランスを保っていたはしごは、後方へと揺らされ、真後ろにばたーんと倒れてしまう。 十メイルの長さの梯子であり、そこに人が乗っても充分耐えうる強度を持っているのだ。 そんなとんでもない重さのものを、たった一人で押し倒すなど並の労苦ではない。 鍛えぬいたアニエスをして、ただの一回で腕の中に鉛でも仕込んだような疲労に襲われる。 「こ、これは……流石に厳しすぎやしないか」 とか言っている暇も無い。 すぐに次の梯子が別の場所にかけられている為、急いでそちらへと向かう。 そんなアニエスの視界に、思わぬ物が入ってきた。 「何? あれは……」 遠眼鏡でハヴィランド宮殿の様子を探っていたミスタ・グラモンは、その体勢のまま壁を力の限り殴りつける。 すぐ隣でエレオノールが切羽詰った様子で問いかけてきている。 「ど、どうなんですの! 城はまだ無事なのですか!」 「……攻城兵器が向かっているというのに、城側に反撃する気配がまるで無い。 こちらからは正門が見えませんが、事によっては既に破られているのかもしれません……」 「ど、どういう事ですか! わ、私にもわかるように説明なさい!」 「第一陣の攻城攻撃は既に行われており、その結果城壁の一部が破られている可能性があるという事です。 念を入れる為に後続の攻城部隊を前進させておくのは初歩の判断ですし」 「そ、それでは中に居るルイズは!」 「……最早、手遅れ、かと……」 城から出たアルビオン決死隊が突撃を敢行しているのはミスタ・グラモン達も把握している。 まさかそこにルイズが居るなどと夢にも思っていないだけだ。 「そんな寝言を聞くためにわざわざこんな所まで来たのではありません! すぐに発進なさい! ルイズを助ける為に私達は来たのでしょう!」 ヒステリーを起こしかけるエレオノールに、野太く、重みのある怒声がたたき返される。 「貴女まで失うわけにはまいりません!」 たおやかな外見に似合わぬミスタ・グラモンの大声に怯みかけるが、エレオノールもここは決して引けぬ場面である。 「私の命などどうでもよろしい! ルイズを! あの子を救わずしておめおめトリスタニアになど戻れますか!」 突然エレオノールの口の前にミスタ・グラモンが手を翳す。 失礼極まりない行為だが、遠眼鏡を覗く彼の反論を許さぬ強い表情が、エレオノールの怒りを押し留める。 「……ゴーレムだ! 良しっ! 城の防御はまだ生きているぞ!」 「え? え? え? それはどういう……」 エレオノールの言葉には答えず、艦内全てに伝わる伝声管に向かって叫ぶ。 「ロンディニウムの城、ハヴィランド宮殿はまだ生きている! これより我等は城中庭に強行着陸し、ルイズ・フランソワーズを救出する! 総員覚悟を決めろ!」 反乱軍の戦艦は丸々健在の中、強襲揚陸艦一隻で戦場へと乗り込もうというのに、部下達は威勢の良い歓声を上げる。 急速浮上をかけ、身を隠していた森の中から浮き上がると、反乱軍の戦艦もそれに気づいたのか、 かなりの遠間ではあるが風の魔法で所属を確認して来た。 こうなったらハッタリでも何でも突き通すしかない。 ミスタ・グラモンは毅然とした態度で言い放つ。 「我等はトリステイン軍だ! ハヴィランド宮殿にはトリステインの貴族が残っている! ただちに攻撃を止めろ! あの方に傷の一つでもついててみろ! トリステインの総力を挙げ貴様等を叩き潰してくれる!」 連中も寝耳に水であろう。向こうからの返信が来ない間にも艦はハヴィランド宮殿へと突き進んでいる。 『待て! トリステインだと!? そんな話は聞いていないぞ!』 「我が言葉を疑うか! 旗も見えぬとは何処の田舎兵だ! 官姓名を名乗れ!」 『しょ、少々お待ちを! 今司令に確認します故!』 ぼそぼそっとエレオノールが問う。 「……もしかしてこれで攻撃止まったりするものですの?」 「そんな訳ありません。嘘をついたつもりはありませんが、ただの時間稼ぎにしかなりませんよ」 傲慢不遜を地で行くエレオノールも、 眼下に広がる五万の大軍を相手にトリステインの爵位が通用すると思う程、世間知らずでも無かった模様。 それにこの艦に乗ってからというもの、どうにも調子が狂ってしまっている。 原因は間違いなく、隣に立つ食事の時からは想像もつかない程に凛々しく、 雄々しいミスタ・グラモンのせいであるとは思うのだが。 艦橋に立ち、城壁付近の戦況に目を凝らすミスタ・グラモンは、アルビオン側の対応のまずさに歯噛みする。 「何故ゴーレム単騎なのだっ! 他に兵は居ないというのか!? あれでは防ぎきれんぞ!」 戦艦の姿を認めゴーレムを動かそうとするマチルダを、アニエスが大声で止める。 「よせ! あれはトリステインの船だ!」 「トリステイン!? 何だって連中がここに居るのよ!」 「ワルド様のご配慮かもしれん! 間違っても落とすなよ!」 ロクに減速もせぬまま城の中庭目掛けて突っ込んでくる艦は、寸前で急減速をしかけ、 浮力とのバランスを取りながら芸術的といえるほどの見事な着陸を見せた。 すぐに中から一人の男が飛び出し、城壁上へと向かうのが見えた。 アニエスはともかく事情を聞かねばと艦の側に走り寄ると、艦上からおよそ戦には似つかわしく無い、 高貴な装束に身を纏った気の強そうな女性が現れた。 「誰か! 誰かある! ルイズ・フランソワーズの所在を知るものはおらぬか! 我はエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールなるぞ!」 名乗りを上げた後、すぐに彼女もアニエスに気付く。 「そこの貴女! ルイズ・フランソワーズが何処に居るか……」 アニエスは駆け寄りながら大声を張り上げる。 「ルイズ・フランソワーズですと! 彼女なら突撃に参加し今は城の外です!」 ようやく側まで辿り着いたアニエスは、一息つく間もなくエレオノールに両肩を掴まれる。 「外ですって! 何故ヴァリエール家の息女にそのような真似を!」 「誰よりも先に飛び出したのは彼女ですよ! 突撃部隊はまだ残っているようですが、彼女がどうなったかまでは……」 へなへなと力なく崩れ落ちるエレオノール。 ミスタ・グラモンから、外に飛び出した決死隊達はどう局面が転がろうと全滅は免れぬと聞かされていたのだ。 艦からは兵達が次々飛び降りて来て、アニエスの話を聞くと、皆が一斉に城壁上へと向かって行く。 ルイズ捜索の為に用意していた彼等だったが、 ルイズがこの場に居ないとなると次は城を守るのが自分達の役目だと誰もがわかっているのだろう。 艦が止まるのも待たず飛び出したミスタ・グラモンは、魔法で空を飛びあっと言う間に城壁上に辿り着く。 「やはり……守備隊は貴女一人でしたか……」 マチルダは思わぬ乱入者に、まともに対応している程余裕が無かった。 「アンタ誰よ! 何しに来たの!」 気を取り直したミスタ・グラモンは、一声だけ返すと詠唱を開始する。 「手伝います! 私はトリステインの者です!」 もっと詳しい話を聞かせろと文句を言いかけたマチルダの口が止まる。 マチルダの操るゴーレムから少し離れた所に、もう一体、全長二十五メイル程、 マチルダのそれより一回り小さいだけの巨大なゴーレムが現れたからだ。 「あ、あんたもしかしてゴーレム使い?」 ミスタ・グラモンは微笑を返した。 「アルビオンにこれほどの術者が居るとは知りませんでした。中央より西側は私が、東側をお願いします!」 すぐにミスタ・グラモンの部下達も城壁上に上がって来て、ロクに打ち合わせもせぬまま城の守備任務に就く。 二箇所程、既に敵兵が昇りかけていた場所があったが、あっと言う間に制圧して取り戻す。 あまりの手際の良さにマチルダは感嘆の声をあげた。 「へぇ、何だかわかんないけど、ちょっとはマシになって来たじゃない」 あくまでマシになって来た程度で、これから敵もこちらの体制に合わせた攻撃を仕掛けてくるとなると、 対処しきれるかどうか。 船が一隻手に入ったのだ。これで逃げる手もあるにはあるが、今下手に引いては、 出港準備を整える前に船に乗り込まれてしまう。 今はとにかく敵の攻撃を凌ぎきり、一呼吸が空く間まで堪えるしかないのだ。 遂に主力部隊の後ろが見えて来た。 狂気に満たされた部隊の中で、まともに展開が読めるのは現在、戦争経験も豊富なウェールズのみである。 ともすれば狂騒に巻き込まれてしまいがちな自身を叱咤し、 この類稀な攻撃力を誇る部隊を、何としてでもクロムウェルに叩き付けてやらなければならない。 先頭を突っ走る四人組みにそれを頼む事も出来ない。 宴会の時に聞いた話はとても信じがたい事であるが、彼女達はこれが初陣であるはずなのだから。 実際所々に戦争慣れした者なら決してやらないような所作も見られる。 竜騎士はもう接近して来なくなったが、それで覚悟が決まったのか、 敵も地上部隊のみで止めてやると大挙して押し寄せてくる。 これらを貫き、ようやく主力部隊を抜ける所まで来たのだが、この先が難関だ。 ここから敵本陣までの間に、戦艦の砲撃を幾度となく受けるだろう。 こちらがスピードを落としたら、あっと言う間に袋叩きになる。 しかし自身が乗る馬を見下ろして見ると、最早限界が近い事がわかる。 ウェールズの乗る名馬ですらこうなのだ。他の馬達はよりヒドイ有様であろう。 凄まじい轟音が轟く。 キュルケが爆炎の魔法で、敵陣のケツに大穴をぶち空けたのだ。 その先にクロムウェルの本陣を見つけた兵達は、我先にと大穴に飛び込む。 悩んでいても仕方が無いとウェールズも続き、敵兵の居ない大地を一直線に駆け抜ける。 案の定、遠慮呵責の無い砲撃に曝される。 しかし、兵達の頼もしさはどうだ。 死の砲弾があちらこちらに降り注ぐ中、誰も彼もが怯えの欠片も見せず渦中へと飛び込んでいくではないか。 見ろ、我等の先に待ち受ける反乱軍共の顔を。 本陣にある最強の近衛であるはずの彼らの、恐怖に怯えるあの様を。 先頭を走る兵士に馬を寄せ、ウェールズは突入直後の策を命ずる。 一万の兵を相手にしては、如何に悪鬼の兵達とて抜けきれるとは思えぬ。 ならば最後の最後で、狂気のみではないアルビオン軍の強靭さを知らしめてやるまでだ。 ハヴィランド宮殿城壁上での戦いは続く。 早速対策を打ってきたのか、反乱軍は同じく巨大なゴーレムを二体前面に押し出して来た。 大きさは二十メイル弱、軍の主力としては申し分ない大きさだが、 マチルダ、ミスタ・グラモンのそれと比べると一回り以上小さい。 しかし連中はそれで充分なのだ。 二体のゴーレムを使い、こちらのゴーレムを抑えてしまえばそれだけで城は堕ちたも同然。 マチルダはもう一人のゴーレム使いに対策を問う。 「貴方もゴーレム使いなら! 敵にゴーレムが来た時のやり方はわかるわね!」 ミスタ・グラモンは不敵に笑い返す。 「武門の誉、グラモン家の者にそれは愚問です! 二体抑えられますか!?」 「やってやるわよ!」 迫り来るゴーレムに、マチルダ操るゴーレムが駆け寄っていく。 これがどれ程至難な技か。敵側でゴーレムを操るメイジ達が驚きに目を見張る。 両手をバランス良く振りながら、両足を過不足無い量振り上げる。 ゴーレムの過重は人のそれと大きく異なる。骨格が無いのだから当然であろう。 下手な過重移動を繰り返した日には、あっと言う間にゴーレムは崩れ去ってしまうのだ。 しかるにマチルダは、ゴーレムをまるで人が動き回るように精密に操る。 その匠の技に、ミスタ・グラモンからも感嘆の声が漏れる程だ。 勢い良く駆け寄ったマチルダのゴーレムは、そのままの勢いを殺さず、敵ゴーレムの一体に体当たりを食らわせた。 土砂がそこらに撒き散らされ、地響きと共に一体が大地に倒れ臥す。 残った一体がマチルダゴーレムの方を向くと、両腕を振り上げ取り押さえにかかる。 これをマチルダは正面から受け止め、より大きな自身の体重で押しつぶさんとのしかかる。 ずしゅずしゅという奇妙な音と共に、のしかかられたゴーレムの胴体がひしゃげだす。 しかしそれを潰しきる前に、先程倒したゴーレムが起き上がり、マチルダのゴーレムに後ろから抱きついてくる。 これで二体による挟み撃ちとなり、完全にマチルダのゴーレムは動きを封じられ、 今度は逆にマチルダのゴーレムの方が全身から悲鳴を上げ出す。 「ばーかっ」 同時に、完全にフリーになっていたミスタ・グラモンのゴーレムが、のっしのっしと歩を進めていた。 目指す先は敵ゴーレム使い。 しかし、彼らも良くわかっているのか兵達に囲まれ、かなり後方からゴーレムを操っている。 辿り着くまでは随分かかりそうである。 「充分なんですよ、ここまで来ればねっ!」 ミスタ・グラモンのゴーレムの、右手が不自然に盛り上がる。 そして何と、手の上にもう一つ丸い土の塊が出来たではないか。 いやこれは土ではない。明らかにより高い硬度であろう、艶やかな光沢を放っていた。 ミスタ・グラモンはその手に持った巨大な金属の塊を、えいやっとばかりに放り投げる。 ゴーレムに物を投げさせるのは、かなり昔からある手法である。 何せ質量がデカイので、攻城や時に戦艦への攻撃にすら用いられる事もある。 だが、微細なコントロールは術者の力量に寄る所が大きいので、対人用として用いられる事はあまり無い。 しかるに、ミスタ・グラモンのゴーレムが放った塊は、 放物線を描き吸い込まれるようにメイジ達の頭上に落下した。 直後、マチルダのゴーレムを取り押さえる二体が二体共土くれに戻ったのは、見事命中した証であろう。 「やるじゃない! もう少し時間かかると思ってたわよ!」 「そんな余裕ありませんからね。さあ、第一陣も大詰めですよ! 次は連中形振り構わず来ますから!」 何とかゴーレムを撃退したが、すぐに次の攻撃が押し寄せる。 山ほどの攻城兵器と、津波かと思われる程の兵の群れが、一度に城壁へと詰め掛けて来たのだ。 如何に二体のゴーレムとてこれら全てを防ぎきる事など出来はしない。 城壁上で石を落としたり、油を流したりしているミスタ・グラモンの部下達も、 あっちもこっちもとエライ騒ぎになっている。 ゴーレムを相手にしていた時の比ではない。 マチルダもミスタ・グラモンも、押し寄せる敵を前に対応のみに追われてしまう。 だからこそ、攻め手が意図的に仕掛けた視覚の盲点を突かれてしまった。 マチルダとミスタ・グラモンのゴーレムを出来る限り端に引き寄せ、 両翼から梯子隊を用いて間断なく攻め立てる。 誰もがそれぞれの役割を果たすのに必死な中、 他の兵士達に隠れるように正門へと達した攻城槌を引きずってきた男達は、 勝機はここにありと正門めがけて攻城槌を叩き込む。 魔法を併用した攻城槌の轟音は戦場中全てに響き渡る程で、 皆がそれとすぐに気付いたが、対応出来る者など一人として居なかった。 四度の打撃音の後、遂に正門がこじ開けられてしまう。 城壁を頼りとするからこそこの数でも何とかなっているのだ。 中からも押し寄せて来られては、退路すら失い個別に倒されるのみ。 どうせもう開かんとばかりに、ロングビルは魔法で正門前に山ほどの土砂を積んでおいたのだが、 僅かな時間稼ぎにしかならなかった。 薄く開かれた正門に、再度攻城槌を叩き込むと、人が三人程並んで入れる程の隙間が出来る。 反乱軍は今度は我等の番とばかりに正門へと殺到するが、正門を抜けてすぐの所に待ち構えていた影達に阻まれる。 「ここから先は通さないっ! 見よ! これぞ対ルイズ用の秘策!」 そこには、白銀の完全鎧を纏った美々しき騎士が整然と並んでいた。 攻城戦に当たる兵は皆、汗と汚れに塗れているのが常であるのに、 かの騎士達にはほんの僅かな隙すら見られず、無機質に侵入者達を見つめている。 「ゴーレム百体だあああああああ!」 薔薇の意匠を凝らした杖を持ち、ひ弱げな容貌を精一杯強面にせんと敵兵達を睨みつけているのは、 ギーシュ・ド・グラモンであった。 ギーシュの声に合わせ、槍を構えた青銅のゴーレムが一斉に突きかかる。 最初に乗り込んだ男達は、何と思う間もなく串刺しになる。 何せ百体がかりである。後から後から入ってくる兵達も次々と餌食になり、屍の山を築く。 中に何が待ち構えているかも知れない敵軍の城に一番乗りしようという猛者達だ、 そんな無数の槍すら飛び越えゴーレムに一撃をくれる勇者も居たが、 急所の無いゴーレムをただの一撃で破壊するのは至難の業。 また、後方に居て槍の届かないゴーレムは、正門前に向け味方の頭を越すように槍を投げつける。 失われた武器は、敵に刺さり抜けなくなった槍は、ギーシュがすぐに再生させて次の攻撃を行う。 こんな近接した状態で投擲武器など正気の沙汰ではないが、 よしんば味方に当たったとしても所詮はゴーレム。痛くも痒くも無い。 さしものギーシュも、百体分の動き全てを細部までコントロールするのは不可能である。 だが、十対を一塊とし、十個のグループとして動きを操るのならば、何度も何度も試行錯誤を繰り返し、 動きの精度を上げてきた青銅のゴーレムならば、ギーシュにも百体を操る事が出来るのだ。 何とかせねばと城壁上から飛び降りようとしていたミスタ・グラモンは歓喜の声を張り上げる。 「ギーシュ! ギーシュ! お前も来ていたのか! そうか……優しいだけの子だと思っていたが……お前にもグラモン家の血は流れていたか!」 か細げな印象が強かった弟は、兄の動きを察し、我も戦場へと戦艦に潜んでいたのだろう。 そんな蛮勇が、正門奥で見事に仕事をこなすゴーレム使いの技術が、 百体を操り尚意気軒昂なその様が、兄の目に眩しく映る。 「良くやった! そこは任せるぞギーシュ!」 次々襲い来る敵に声を出す余裕も無いのだろう。ギーシュは兄に向かい、口の端を上げるだけで応えた。 前ページ次ページゼロの花嫁
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ルイズに疑問が生まれた。 自分の使い魔の少女、憐。召喚した昨日、そして今朝の食事までの時間のやり取りで、「自分の使い魔は普通ではないのではないか?」と思うようになった。 勿論使い魔そのものに不満は……まあ、あるといえばあるが、それを上回るほどのモノがあるのでまあいい。 むしろ可愛いは正義なのでオッケー。 平民だから目や耳となれなくても、秘薬を取ってこれなくても、護衛ができなくてもそれはそれで仕方が無いし、自分がどこから来たのかうまく説明できないのもまあ気にもしなかったが、 久しぶりに顔を洗ったとか久しぶりに着替えたとか、挙句久しぶりに食事を『する』と聞いたとき、不憫に思いながらも、 (この子……今までどうやって生きてきたの?) 『する』という言い回しから、憐が食事をとっていないのは一日や二日ではなく、もっとずっと長い期間なのだろう。そんなの、人間なら我慢できる出来ない以前に死んでしまう。 これではまるで、人間じゃないみたいだ――― 「……お姉ちゃん?」 「……ん、何でもないわよ」 食事の際に膝上に乗せた憐の心配する声に、意識を現実に引き戻す。食事をとっていない→じゃあ一緒に食べましょう→わーいのコンボで膝の上にいたのだった。周りから平民と食事を取るなんて何してるんだよという声があったが無視した。 (憐が何者でも、いまはどうでもいいか……こんないい子を疑うなんて、どうかしてるわ) 膝の上で小動物みたいに色々頬張っている様子を見てたら、和んでどうでもよくなった。 失敗した。詳細はとある少年の事例からご存知の方々も多いだろうので、簡潔に行う。 憐を授業に連れて行って―――憐は授業と言うのも受けた事が無く、子供特有の好奇心を遺憾なく発揮した。 例えば、「あれ、何?」「この動物さん、何ていうの?」「今から何をするの?」等々。それらに律儀に答えているうちに、教師にひそひそ話を咎められ、錬金をする事に。 当然、この時まともに魔法を使えないルイズは失敗し、起こした大爆発によって教室は無茶苦茶、罰として片づけを命じられた。 それが終了したのは昼休み前。ルイズは無言で食堂に向かっていた。 一歩後を歩く憐も無言。ただルイズとは違い、『姉』に対してどう声をかければいいか、解らなかったのだ。 彼女は理解できていない。この世界で、この学院で、貴族の中で魔法がまともに使えない事がどういう事かを。『ゼロ』が何を意味するのかを。 元々使い魔がどういう物かすら分かっていない。況や、貴族の誇りや魔法の凄さ等を1○歳(全年齢版でも不明)の『平民の』少女が解るはずもなく、それでも何とか『お姉ちゃん』が落ち込んでいるのを何とかしたいと思って、 「……ん」 ただ、服の裾を引っ張った。 「……何?」 「あの……」 「その……えっと……」 「……えい」 「きゃうっ?」 ルイズは、何も言わずに憐を抱きしめた。使い魔として契約したからか、憐の目を見れば彼女が心から心配してくれていたのが解った。 『妹』の前であんな失態を見せてしまい、そのせいで何とか心配してくれていたのだと解った。その気の遣わせ方が、どうしようもなく切なくて。 (使い魔に気遣われるなんて、わたしはどうかしてるわ) 誓いを込めて抱き締める。何度つまずき、無様に失敗し続けても、憐に気を遣わせてしまうような事はしないと。 それは、使い魔に対する主人の誇りで、平民に対する貴族の意地で、初めてできた妹に対する姉のプライドから生まれたもの。 ルイズは、魔法使いとして目指す何かを、新たに見出しかけていた。憐に、恥ずかしくない主人である為に。 「もう、大丈夫よ。食堂に行きましょう!」 ********** ルイズには優しい姉と厳しい姉が一人ずついる。厳しい方が苦手だった事もあり、憐に対する態度は無意識の内に優しい方を見本としたかのように世話焼きになっていた。 「おいしい?」 ルイズの問いに、ハムスターの様に口を頬張らせ、膝上でコクコク頷く憐。その様子は、昨日今日に平民と馬鹿にしていた者達をも和ませていた。 (いいなぁ…あれ) (ゼロのルイズも見てくれはいいからなぁ…美少女同士の絡みは映えるぜ) (きっと夜は、主人命令でイケナイことを…) ……訂正、壊していた。 そんな事露知らず、ようやく食堂を終わらせた姉妹は、別の場所での騒ぎに目を向けていた。 ルイズの耳には、ギーシュなる毎度お騒がせの浮気者が、薔薇がどうとか言うどうでもいい話で盛り上がっていた。 「お姉ちゃん、あれなあに?」 「聞かなくていい話よ。教育上良くないから」 「?」 「さ、部屋に戻りましょ」 と二人して立ち上がったその時、憐の足の裏が小さなでっぱりを捉える。 それは小瓶で、中には変わった色の液体。知る人は知る、モンモランシーがギーシュに作った香水である。 騒ぎの最中に落としたのに気付かず、転がってきていたのだった。 「なんだろう…お姉ちゃん、これなあに?」 「香水ね。これは、どっかで見た気が…」 香水は、流石の憐も知っていた。女性が使う物である事も。 だが、その知識と、さっきルイズが落ち込んでいた事から、予想外の行動に出た。 「お姉ちゃん、あげる!」 その言葉に一瞬面食らうルイズだが、憐の真意を何となく理解したので、彼女の親切を拒絶したくなかったという事もあり、「ありがとう」と受け取っていた。 (まあ、後で持ち主を探せばいいかしら) この時、某少年かメイドが拾っていれば決闘が始まるのが周知の事実だが、幸か不幸か拾ったのが憐であった事、そして二人が『姉妹』の会話に集中していて誰が落としたか見ていなかった為、ギーシュは浮気を問い詰められる事が無かった代わりに、後に二人の少女の修羅場に巻き込まれる事になる。 *************** それから一週間ほど、ルイズと憐は楽しい時間を過ごしていた。 ルイズの本人を棚上げした「掃除洗濯とかの家事が出来ないといいレディーになれないわよ」との言葉で家事を教えたり、二人で馬に乗って街に買い物に出かけたり、憐がルイズの友人(兼ケンカ仲間)のキュルケの使い魔である火トカゲと遊んだり、憐に手を出そうとするものを爆破したり、平穏な時間を過ごしていた。 だが、そんなのんびりとした時も、終わりは近づいていたのだった。 ある時、ふとした事からキュルケとルイズが決闘する事になり、本塔の中庭に来た時、事件は起きた。 次々と高鳴る爆発音。空間を走る衝撃。 ただ事ではない事を察した二人は急いで目的の場所に走る。そして、彼女等は見た。 『土』で作られたゴーレムが、白く一回り小さな『ゴーレム』を殴りつけ、粉々に砕いた所だった。だが白い方もただ殴られず、吹き飛ぶ間際に謎の音と光を発し、土のゴーレムを粉砕して土砂に変えていた。 勿論彼女等は知らない。白い『ゴーレム』は何処からかの迷い子である事。 『目』や『頭』を損傷したため、土のゴーレムを敵と誤認し、『足』を損傷した為に回避も出来ず、残った240mmハンドキャノン×2と290mmミサイルポッドを撃ちまくっただけであると。 そして、土のゴーレムを操作していた者は。 (なんなのかしら……あれ?) 土くれのフーケもまた驚愕していた。宝物庫のある本塔の前で下調べしていた所、急に白いゴーレムが現れた。咄嗟に土のゴーレムを出してしまったが、その判断は正しく、白い敵は『銃撃』のようなものを行ってきた。 だが幸いな事に、白い敵が放った『花火』―――180mmマスターガンが厳重な魔法で守られた外壁を破壊し、宝物庫への道が開かれた。 (チャンスは逃さないでおきましょうか) 少々トラブルはあったが、結果オーライであった。素早く潜入、目的のブツを奪い取り、しもべが相打ちした事に少し驚きながらも素早く脱出する。 『破壊の杖』確かに徴収いたしました という文面を残して。
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その一:ルイズの場合 「First kissからっ始まる~ 二人の恋のHistory~♪ ルルル~ララ~ララ~ラララ~…」 趙公明が召喚されて、はや三日。ルイズは得意(デレ)の絶頂にあった。例えばこんな調子だ。 「僕の爵位かい? 僕は金ゴウ島の麗しき貴公子(プリンス)! つまり最高位の『公爵』ということになるのかな? もっとも、王様というより『教主』の下だったけれどね。 ……ほう、キミも公爵家令嬢とは奇遇だ!(くるくる) では、気軽に『ルイズ』と呼ばせてもらっても、いいかな?(ドン)」 「ああ! プリンス、なんと光栄なのでしょう! けれどこんなむさ苦しい一人部屋では、息が詰まってしまいますわ」 「そうだねルイズ! 素敵なお部屋だけれど、早速模様替えと拡張工事に取り掛からせよう!(パチン)」 趙公明が指を鳴らすと、どこからともなくエレガントなスーツの一団が現れ、瞬く間に部屋を改装・拡張していく。 「まぁ、召喚魔法? いいえ、きっとプリンスには不可能はないのですね」 もうルイズは彼にメロメロだ。ワルド? ああ…そんな人もいましたね。 ルイズと趙公明の身の回りの世話一切は、趙公明がどこからか呼び出す執事とメイドたちに任されている。 なにしろ趙公明一人でも、一日最低七回はお召し換えがあるので大変なのだ。 食事や授業には、趙公明もルイズについて来る。 しかし食堂や教室には、巨大でゴージャスな『テーブルと椅子のセット』……と、いいますか、 ティールームそのものを持って来させて、優雅に最高級の紅茶を味わっている。無論、各々メイドつきだ。 「ああ、美味しい。どうだねルイズ、このクックベリーパイは甘みが控えめで、キミの口にも合うと思うんだが」 「少し頂いておりますわ、プリンス。でも今は、ダイエットしておりますの、ヲホホホホホ」 「おやおや、そんな事をしなくたって、キミは小鳥のように軽やかじゃないか!(ヴァヴァアアン)」 「まぁお上手ですこと、コロコロコロ」 と、いいますかお前ら、授業中だぞ。 しかし、『プリンス』とゼロのルイズには誰も逆らえず、黙認するかたちとなったのであった。 その二:キュルケの場合 ある日の深夜。趙公明が一人で、踊り場の窓辺で双月を眺めている。 「あ~ら、プリンス・チョウ・コウメイ。今晩は、お元気ですかしら?」 「やあ、ミス・ツェルプストー! 御機嫌よう! いい月夜だね!(ンドヴァズピプォー)」 なんちゅう擬音だ。だが別に気にせず、呼びかけられた赤い髪の女性は妖艶に微笑む。少しダッキを思わせた。 「うふふふ、お気軽に『キュルケ』とお呼び下さいな。二つ名は『微熱』ですわ。 ルイズはおねむのようですから、少し私の部屋でお話いたしません?」 キュルケに誘われるまま、趙公明は彼女の部屋に入る。一応仙人(神)なので、性的なことはなしだ。 「…まぁ、プリンスには御妹君が三人もいらっしゃるの? きっと素敵な令嬢方なのでしょうね」 「フフフ、キミに勝るとも劣らない美人姉妹さ! ぜひ会わせたいところだが…この写真で勘弁願いたい(べっ)」 「写真? それは、何ですの?」 「まあ、小さな肖像画みたいなものかな。おお、これは丁度三人一緒に写っているよ、ほら」 「どれどれ………おうげっ!?」 一人目は、身長2メイル強はある、全身ビリーの如き黒光りする筋肉で固めたマッスル☆ナース☆エンジェル。 二人目は、童話に出てくる魔女そのものの鷲鼻を持ち、大きなリボンをつけたロリータ・ファッションの小人の老婆。 三人目は…凄まじく肥満してソファーに寝そべり、駄菓子を貪り食っている超絶巨大コニー(小錦デブ)。 しかも各々がグロスを塗った唇を光らせ、セクシーポーズをキメている!! 「ゲフゥ!!!(ズーン)」 キュルケは、あまりの『視覚への暴力』に、喀血して倒れた!! 「この背の高い子が長女ビーナス。小さな子が次女クイーン。おやつを食べているのは三女マドンナさ!! …おや、どうしたんだいキュルケくん? まさか僕の可愛い妹たちのセクシーな美しさに、自信を喪失してしまったのかい? おお…美しさは、罪……(くらり)」 まあ、破壊力は抜群のようだ。むしろ直接出会わなくて助かったといえよう。 極上ときめきロマンシングタクティクスVer.2.改「趙・貴公子君臨!!」ZERO通’XTURBO++64TWEI ~そして伝説へ~ :ギーシュの場合 「なあギーシュ! お前、いま誰と付き合ってるんだよ! 教えろって色男!」 「付き合う? フッ、僕にそのような女性はいないのだ。バラは、多くの人を楽しませるために咲くのだからね(キラキラ)」 趙公明・弐号機…もとい、もう一人の気障な優男ギーシュ・ド・グラモンが、取り巻きたちと食堂でだべっている。 ルイズたちは、少し早いアフタヌーン・ティーの時間だ。優雅な時間が流れていく。 と、ギーシュのポケットから硝子の香水瓶が転がり落ちた。それを近くにいたメイドが拾い、そっとテーブルに返す。 「ん? …いや、これは僕のではないよ。キミ、とっておきなさい」 「え? あ、でも、こんな高価な物……」 小声でのやりとりを、取り巻きが目ざとく見つける。 「おや? その香水はもしや、モンモランシーの香水じゃないか?」 「そうだ! この鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぞ!」 「つまりお前は今、モンモランシーと付き合っている。そうだな? ギーシュくん」 「しかもそれをメイドにあげるなんて、何股かける気だ?」 「ちっ、違う! いいかい? 彼女の名誉のために言っておくが……あっ、ケティ!?」 ギーシュは何とか弁明しようとしたが、後ろのテーブルに座っていた栗色の髪をした少女が近づき、涙を流し始める。 「ギーシュ様……やはり、貴方はミス・モンモランシーと……」 「待て、彼らは誤解しているんだよケティ。いいかい、僕の心の中には、君だけ……(パン)」 二股(三股?)発覚だ。ギーシュの頬をケティの平手が打つ。 「さようなら!!」 ケティが去ると、今度は遠くの席から一人、金髪ロールの少女が立ち上がった。こちらもギーシュに歩み寄ってくる。 「も、モンモランシー! 誤解だ! 彼女とはただ一緒に、ラ・ロシェールの森へ遠乗りしただけで…勝手に」 口をへの字に結んだモンモランシーは、無言でワインの瓶を掴み、ギーシュの頭の上に振り下ろした! (ガッ)「ギャ――――ッ!!!」 「この、嘘吐き! 絶交よ!!」 ちょっと血が出たギーシュにそう怒鳴り、モンモランシーも大股で去っていった。 気まずい空気が食堂の一角を支配する。 ギーシュはハンカチでゆっくりと血を拭いた。そしてやれやれ、と肩をすくめ、口を開く。 「ふぅ、あのレディたちは、バラの存在の意味を理解していないようだね……それはそうと、キミ」 メイドは突然指差され、ビクッとした。 「キミの機転が利かなかったおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。この始末、どうしてくれるんだね?(ビッ)」 ……理不尽だ。責任をメイド一人に押し付けるなど、色男の風上にも置けない。 しらけた空気の中に、BGM付きで近づく怪しい影が一つ。 (ラアーーーイイヤーーーアライヨラ ルーララララルラルラララルーラーー) 「げぇっ、コウメイ! …もとい、プリンス・チョウ・コウメイ!」 そう、我らが麗しの貴公子、趙公明だ。彼は騒ぎの種が大好きな、困った人でもある。 「待ちたまえギーシュくん! 今のキミの行いは、到底貴族子弟の、ジェントルマンの行いではないよ! キミがバラのように美しく、またバラの花には愛多きことは認めよう! しかし美しく香るバラも、醜い棘だらけになっては誰が愛でてくれるというんだね!?(ビッシ)」 「え、いや、あの、プリンス」 「はっ、そうか! キミは僕との華麗なる戦いを、決闘(デュエル)を望んでいるというワケだね? よろしい!(パン) その挑戦、お受けしよう! イヤだというなら、僕が申し込んであげるよ! 僕が直々に、貴族とは何たるかを叩き込んであげよう!(キラキラキラキラ ジャジャアアアン)」 趙公明は嬉しそうに宣言すると、いそいそと白い手袋を取り出し、呆然とするギーシュに投げつけた。 「僕は『ヴェストリの広場』で待つ! 準備が出来たらいつでもおいで!」 「……え? あの、プリンス? …えええええ?!」 本日一番災難なのは、やはりギーシュ・ド・グラモンであった。 (つづく)
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ルイズとギーシュそしてアニエスはアルビオンの貴族に案内されて、ルイズたちが乗ってきた船に 横付けされた彼らの船であるファルコン号のウェールズ皇太子のお部屋の前に来ていました。 キュルケとタバサ、猫草は別の部屋でのんびりと休んでいます。 ルイズはお部屋の扉をノックしようと手を上げましたが、案内していた貴族がそれを止めて 扉に向けて声をかけました。 「すまんがちょいとそこをどいてくれ」 「こりゃ悪かったズラ」 扉が返事をしたのでルイズはびっくりして跳びはねますが、よく見てみると扉だと思っていたのは なんとアルビオンの貴族だったのです。 おそらく、ウェールズ皇太子を守るために扉になりすましていたのだろうとルイズは考えて、 スンナリとそんな考えが浮かんだ自分がちょっとだけ嫌いになりました。 「やあ!よく来たね大使殿。さ、何もないところだが入りたまえ」 「は、はい失礼します」 ウェールズ皇太子に呼ばれて、ルイズはお部屋の中に入りました。 ギーシュはルイズのうしろからお部屋の中を見ましたが、本当に何もないお部屋でした。 机もイスもベッドすらありません。 そんな何にもないお部屋の中でウェールズ皇太子は腕を組んで堂々と立っています。 その威圧感にゴクリとのどを鳴らして、ギーシュとアニエスも中に入っていきました。 「おお…アンが…結婚するのか……」 「はい…」 アンリエッタ姫が結婚すると聞いたウェールズ皇太子は、うつろな目でなにやらブツブツと うわ言を呟きました。 先ほどまでの自信に満ちたお姿はどこにもありません。 それを見てルイズたちはとても悲しくなりました。 ですが、ルイズにはアンリエッタ姫から賜った大切な任務があるのです。 いつまでも悲しんでいるわけにはいきません。 ルイズが任務のことを話そうと顔を上げ、悲鳴を上げました。 なんとウェールズ皇太子がご自分の目に指を入れていたのです。 「こ、皇太子様お気を確かに!!」 「違います!皇太子殿下はご乱心したのではない……これは…スイッチング・ウィンバック!」 「ぼ、僕も父上から聞いたことがあるぞ…」 ルイズはウェールズ皇太子がご乱心したと思ったのですが、ギーシュとアニエスの説明を 聞いて立ち止まりました。 スイッチング・ウィンバックとは失敗や恐怖をこころのスミに追いやって闘志を引き出す アルビオン貴族独特の精神回復法です。 これはこころに負ったダメージが強いほど、気持ちを切りかえるために特別な儀式が必要になります。 そして、ウェールズ皇太子にとっての特別な儀式が目を潰すことだったのです。 「なまじ…目が見えるから……アンに思いを寄せてしまう…目が見えねば何者にも惑わされることはない」 「こ…皇太子さま…」 ルイズは、ここまで思いを寄せているのに添い遂げることができないウェールズ皇太子のお姿を 悲しくて見ることができませんでした。 ギーシュとアニエス、そして扉になりすましているアルビオン貴族も涙をこらえることができません。 ウェールズ皇太子は、そんなルイズたちの様子を感じてうれしそうに笑いました。 ルイズは猫草を抱えながら甲板に立っていました。 ギーシュにアニエス、キュルケとタバサもいっしょです。 あの後、ウェールズ皇太子からアンリエッタ姫からの手紙は手元に無いので、 取りにいくのにいっしょに来てほしいと言われたのです。 「ミス・ヴァリエール、そろそろアルビオン大陸が見えてくるよ」 「え、ええ」 ルイズは先ほどのことが気になって俯いていたのですが、ギーシュに話しかけられて 顔を上げました。 そして、ギーシュから静かに差し出されたハンカチを手に取ると涙を拭います。 いつまでも泣いているわけにはいかないのです。 「ニャニャニャ!ニャウニャウ!!」 「ん?どうしたの…ってなによこれ!?」 「アルビオンが…真っ赤だ」 鼻を押さえて暴れる猫草をなだめながら、ルイズは空を見上げました。 アルビオン大陸は河から流れた水が大陸の下に落ちて、そのしぶきで大陸が白く見えることから 白の国とも呼ばれているのですが、いまは血のように赤いもやに覆われています。 そして、鼻にツンとくる臭いが漂ってきました。 「廃水を浄化せずに河に流しているんだ。自然に敬意を払わぬ愚かな連中よ」 いつの間にかウェールズ皇太子がそばに来て悲しそうに大陸を見上げながら呟きました。 森や川を汚してしまえば最後には自分たちにツケが回ってくるのです。 ルイズにはこの光景がまるでアルビオン大陸が血を流して傷ついているように 思えて仕方がありませんでした。 「殿下、そろそろ到着します」 黒いよろいを着た騎士がウェールズ皇太子にそう告げ、すぐに持ち場に戻っていきます。 ファルコン号の向かう先にはポッカリとトンネルのような穴が開いていました。 ファルコン号は迷わずその中を進んでいきます。 そのトンネルは鍾乳洞になっていて中は真っ暗で何も見えませんが、どこにもぶつからずに無事に ファルコン号とルイズ達が乗っていた輸送船は鍾乳洞の中にある隠し港に到着しました。 「こんなところに港を造るとは…」 「なるほど、これならばレコン・キスタにも見つからない」 ギーシュとアニエスが船から下りながら鍾乳洞の中を見まわしました。 船員や港にいた兵士が船に荷物を積み込んでいるのが見えます。 港までの道は真っ暗だったのですが、ここには天上や壁に光りゴケが生えているので明かりにも困りません。 そして、ウェールズ皇太子の案内でルイズたちが港の奥の通路からお城の中に入ろうとすると、 通路から誰かが飛びだしてきました。 それはキレイなドレスを着たひとりの美しい女性でしたが、ルイズたちは悲鳴を上げながら杖を向けました。 どうしてかというと、その女性の耳は長く尖っていたからです。 この女性はあの恐ろしいエルフなのでした。 「な、な、な、なんでエルフがこんなところに?!」 「殿下!お下がりを!!」 ルイズたちがウェールズ皇太子を守るように女性の前に立ちふさがり、それを見た女性がびっくりして 立ち止まります。 そのエルフの女性のスキついてタバサは一番得意な魔法のアイシクル・ウインドを唱えました。 ウェールズ皇太子が止めようとしますが、それよりも早く氷の矢が女性に襲いかかります。 そして、氷の矢が当たる寸前にそれはおこりました。 「ドラララァーッ!!!」 男性のような雄叫びが上がったと思うと、氷の矢がすべて砕け散り、破片が床や壁にブチ当たります。 目の前のエルフの仕業なのでしょうが、彼女は魔法におどろいたのか、あたまを抱えて震えながら 床にしゃがみこんでいました。 「待ちたまえ大使殿!彼女は味方だ!!」 「ふぇぇぇ~ん、ウェールズにいさぁ~ん」 そのエルフの女性は泣きながらウェールズ皇太子に抱きつき、優しく慰められます。 ルイズたちはワケがわからずにそれを眺めているとエルフの女性は泣き止み、ウェールズ皇太子の 後ろに隠れながらルイズたちを見ました。 「まずは紹介しよう。わが従姉妹であるティファ二アだ」 「は、はじめましてティファニアと申します」 まだ怖がっている様子でオドオドしながらエルフの女性はティファニアと名乗ります。 そして、とりあえずルイズたちも挨拶をした後、ウェールズ皇太子は事情を説明すると言い、 ルイズたちをお城の中に案内しました。 こんなことがあったので、猫草の姿がもっとねこらしく変わったことにだれも気づきませんでした。
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「全く余計なことしやがって!恨む!サイトのことは一生恨んでやる!」 怒鳴り込んできたマリコルヌにサイトは目を丸くする。さすがのルイズもあまりの剣幕に無 礼を問い詰める勢いが出ない。マリコルヌは二人を睨みつけて怒鳴った。 「いいかお前ら!僕のような学院一恵まれない男のことを考えないのは差別だ!」 マリコルヌの言葉にシエスタが冷たい視線を向ける。だがマリコルヌはその視線を正面から受け止めて言った。 「そこのメイド!お前はわかってない。平民と貴族、世の中にはそれを超える格差があるんだ……いやそれどころか、僕はその窓から覗いているカラスより貧しい!」 窓の外にはつがいらしきカラスが二羽、枝先にとまっていた。 「『紳士淑女の交流会・クリスマスパーティー 清い社交を深めましょう』だ?深める女性が僕には、僕にはーっ!」 叫んでマリコルヌは握りしめたビラを破り捨てる。 ギーシュとサイトで「異国パーティ・クリスマス」と称した合コンを企画していたのだが、ルイズにこんがりと焼き上げられたサイトと巨大な水玉を弄ぶモンモランシーを目の当たりにしたギーシュが「清い男女交際」を建前にしたパーティに切り替えたのだ。 「いいかお前ら。白雪の舞う季節に、赤々と燃える暖炉を囲んで楽しく団欒する男女。つがいの鶴たちの求愛のダンス。寒がる子供をあやしながら夫と歩く母親。そして、吹雪の中、冷たく冷え切った部屋で自分で暖炉を点し人々を眺める荒涼とした僕!」 シエスタはひっ、と声を上げてサイトの背中に隠れる。肉に埋まった細い視線がルイズとシエスタの肌を這い回り、二人はサイトの背中に隠れるように身を寄せ合った。 ふ、とマリコルヌは自嘲的に笑って告げた。 「まあ、世界には哀れな者がいるということを認識してもらえれば、君たちも少しは大人になるだろうな……会費はお前ら持ちで、夕食をいただきに参加するよ」 マリコルヌが部屋が出ていくと三人は溜息をつく。シエスタは呟いた。 「貴族にも不自由な人、おられるんですね」 「全くお前も余計な仕事を増やしおって」 アニエスの言葉にサイトは苦笑する。ギーシュの限界を超えた馬鹿さ加減は王宮に届いてしまったのだ。その上アンリエッタ陛下から「清い男女交際を目指すという趣旨は乱れた世の中に良い心がけです」といかにもとってつけたような手紙が届き、誘った覚えもないのにお忍びでアニエスと陛下の参加届が同封されていたというわけだ。 「陛下が行くときかない上に宰相殿も何を血迷ったか『たまには息抜きも良い』なんぞと抜かしおって。おかげで私は護衛で、おまけにお忍びだからとこんな服まで着せられた」 アニエスは浅葱色のドレスを摘まんで毒付く。貴族と娘たちと違う、鍛え上げられて引き締まった肉体を生かした体のラインを強調するデザインのドレスなのだが、警備で来ているアニエスにとっては鎧の方がはるかにましらしい。彼女は健康な美しさの際立つ肩甲骨を魅せる、大きく開いた背中を不安げにさすりながら口をとがらせた。 「宰相殿も本当に古狸だ。私にこんなひらひらした服を着せた上に、くるくる回って見せろとか頬に人差し指を当てて首を斜めに傾けてみせろとか出鱈目を言いおって」 サイトはその姿を想像して笑いをこらえるのに必死で腿をつねった。何とか気づかれずに済んだのか、アニエスはさらに脇の杖に似せた警棒を指でつついて言う。 「こんなもの気休めにしかならん。全く、無責任にもほどがある。その上貴族の子弟のくせになぜこんなに私を気にするのだ?」 溜息をつくとアニエスは紅茶を口にした。たとえ宴席でも仕事中は酒を全く口にしないアニエスの徹底ぶりにサイトは苦笑してしまう。それにしても紅茶を飲む仕草一つとってもアニエスは男性的なのだが、軍隊で鍛えられた姿勢の良さと浮かれた様子のなさは、むしろ生徒たちにとって憧憬の対象になりえることにアニエスは気づかないようだ。 「あの、ダンスをご一緒願えませんか」 男たちが数人寄ってきた。アニエスは眉をひそめ、無愛想に答える。 「取り込み中だ。それに私は年上だぞ」 アニエスは視線でサイトに助けを求めるが、サイトは知らん振りをする。 「サイト君にはゼロのルイズがいますよ。それに美しく落ち着いた貴方と出来れば一曲」 少年たちの熱い視線に、アニエスも少しまんざらではない気分になって言った。 「私は剣の舞が専門なのだが……ダンスを教えてくれるか?」 少年は優雅な仕草でアニエスの意外に女性的な手を取った。 「あなた、意外に良い子ね。王宮でもメイドは募集していますよ。こちらよりお給金は良いですから、応募してみてはいかがですか?」 「私には難しいかと思います。それよりもサイトさんにお仕えしていたいですし」 「……何だか今、とても苛立った気分になったのはなぜかしら。私が許しますからそこにお座りなさい。お仕事はあなた一人欠けても今日なら大丈夫ですよ。ほらグラスを持って」 「あの陛下、そんな恐れ多いことを!それに私、酔って乱れたら」 「私が許しますからほらお飲みなさい。それとも私のお酒は飲めませんか?」 慌てて離れようとするシエスタを無理矢理座らせると、アンリエッタはグラスに金色の液体を自らなみなみと注いだ。 「ハネムーンという言葉は恋人たちの寄り添う姿を蜂蜜のように輝く双月に見立てたのが由来なのですって。だから今日は蜂蜜酒なのだそうですよ。本当、このお酒は憎らしいだけ甘いお酒ですわ」 二人の流れにタバサはそうっと忍び足で立ち上がろうとする。だがアンリエッタは魔物のような速さでタバサの腕を掴んだ。 「ルイズもサイトさんをあそこまで独占しなくても良いでしょうに。その寂しさ、折角ですから一緒にお話しましょうというだけですよ?」 「酔っておられますね」 「シャ……いえタバサさん、そんなことはありませんわ。ほらメイドさん……シエスタで良かったかしら?もっとお飲みになって」 タバサはシルフィードの姿を探す。だがシルフィードは肉料理に取りついて声など聞こえない様子だ。キュルケに目を向ければコルベールの腕を引っ張っている最中だ。 会場の演台から、ギーシュが今日の蜂蜜酒について受け売りの講釈を話した。 「皆様、蜂蜜酒はそのまま飲むだけではありません。様々なハーブで香りづけをして楽しむ、そしてより愛を深められる天上の酒なのです。ああ僕のモンモランシー、素敵なことを教えてくれてありがとう!」 モンモランシーが恥ずかしそうにうつむきながら、ミントの葉を浮かべた蜂蜜酒を高々と掲げてギーシュと乾杯をして見せる。 がたり、とタバサの隣りの椅子が動いた。目の据わったシエスタが酔っ払いの癖に無駄に素早い動きでジュースとハーブと、そしてどう見ても間違った量の蜂蜜酒の瓶をテーブルに並べている最中だった。アンリエッタもおかしな笑い方でグラスに酒とハーブを加えている。 「助け……どこにもない」 龍の巣に突入する以上の苦難に巻き込まれたのかもしれない。水魔法でタバサの足をテーブルに押さえ込んで杯を満たしていくアンリエッタを横目で眺めつつ、タバサは溜息をついた。 う、と口元を押さえながらタバサは会場を離れて外に逃げ出した。酔いと蜂蜜、そしてアンリエッタが出鱈目に混ぜたハーブの香気で胸がむかむかする。自分のいたテーブルでは今、アンリエッタとシエスタが運ばれているところだ。テーブルの上は「アニエス様ファンクラブ」の鉢巻きをした男子生徒たちがアニエスの命令で片付けをしているはずだ。 だが、たしかにルイズもひどいと思う。たしかにルイズの使い魔だが、好きあっているのかもしれないが。独占までしなくても良いではないか。 タバサはふと、玄関の黒い影に気付いた。熊かと一瞬思ったが、こんなところに熊がいるはずがない。改めて見ると、クラスメイトのマリコルヌがたそがれているようだ。 タバサはふらつきながら軒先に腰を下した。 「風邪ひくよ?」 「構わない。暑い」 飲みすぎか、お楽しみだな、とマリコルヌは呟いて手に握った鶏の唐揚げに食いつく。タバサは何だかおかしくなって小さく笑みを浮かべた。 「タバサも笑うんだね」 改めて言われたタバサは顔をそむける。マリコルヌは続けて言った。 「やっぱり人間見た目だよ。高貴だとか何とか以前に陛下はお美しいし」 再びマリコルヌは肉に食らいつく。その様子が何だかシルフィードに似ている気がして再び笑みを浮かべる。 「何だよ。僕の食べ方、そんなにおかしい?」 不機嫌な声を発したマリコルヌにタバサは冷静な声で返した。 「私の使い魔に似ている」 「僕、使い魔並みってこと?」 タバサが首を傾げると、マリコルヌは自嘲的に笑って言った。 「そういやサイトも使い魔か。もう負けてるね、見た目も全部」 言ってまた肉にかぶりつく。と、いきなりタバサが食べかけの肉を奪い取った。 「何すんだよ!」 「食べるから太る」 言ってマリコルヌの噛んだ場所に食いついた。一口噛みとった跡はマリコルヌの一口よりはるかに小さい。こくり、とタバサの細い喉を鶏肉が流れていく。マリコルヌがグラスを差し出すと、タバサは一息に呷ってふらふらと座り込んだ。 「飲みすぎた」 言ってタバサは眼鏡を外した。童顔の、だが肌理の細かい肌にマリコルヌは思わず見とれてしまう。ふと見上げた瞳と視線が重なってマリコルヌは息を飲んだ。ルイズやキュルケの情熱とはほど遠い、だが不思議な静寂を宿したタバサの瞳はおそろしく魅惑的だった。この幼げな同級生は、本当はどんな心根の持ち主なのだろうか。 と、突風が突き抜けた。タバサは目を開き氷の槍をマリコルヌの背に放つ。振り返ると男が一人落下していくのが見えた。タバサは苦しそうに呻いて雪の上に吐瀉する。 先ほどの男が立ち上がる。タバサは杖を振るおうとして取り落してしまう。男は投げナイフを次々と放る。マリコルヌはその全てを風魔法で吹き飛ばす。 「坊ちゃん甘い」 男が短剣を握って突貫した。タバサは杖を握って呪文を唱える。だが間に合わない! 「大丈夫」 マリコルヌはタバサの小さな体を包み込むように抱きしめる。刃がマリコルヌの肩口を貫き鮮血が流れ落ちていく。 タバサの呪文が完成した。遂に男は氷の槍で木々に打ち付けられた。どさり、とマリコルヌは雪の上に倒れこむ。白雪が赤く赤く溶けていく。タバサは珍しく慌てながら水魔法でマリコルヌの傷を塞いだ。完全に傷が塞がると、マリコルヌを助け起して呟くように言った。 「巻き込んで悪かった」 マリコルヌは溜息をついて答える。 「相手なしの男女パーティで、その上巻き込まれ刺客なんて最悪の日だよな」 と、ダンスの伴奏が一際高く会場から漏れてきた。双月が雪の中に佇む二人を蜜色の光で照らし出す。タバサはマリコルヌの手を取ると、キュルケすら見たことのない表情で言った。 「相手なら、今からいる……あなたと、踊りたい」 茫然とするマリコルヌの腹をぽんぽんと叩くと、タバサは首にぶら下がるように背伸びをしてマリコルヌの頬に口付けた。 24-527かわいい護衛(外伝)
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前ページ次ページゼロの独立愚連隊 破壊の杖奪還の報告を終えて身支度を終えたルイズ、キュルケ、タバサの3人が舞踏会の会場に入ると、拍手と歓声が起こった。 壇上にコルベールが上がり今回の顛末を語る―――無論、ロングビルがフーケであったことは伏せてあったが。宝物庫を襲ったのは噂のフーケであったことをコルベールは認めると生徒達からは大きなざわめきが起こったが、ルイズら学院の生徒達の手で盗まれた破壊の杖が取り戻されたことに生徒達からは再度大きな歓声が上がった。 コルベールによる開会の挨拶が終わり楽団による演奏が始まると、ルイズたちの周囲に何人もの生徒達が集まりダンスの誘いを次々と申し込んでくる。 ルイズは感慨深く今までの苦労をかみ締めながら男子たちのダンスの誘いを受けていた。ようやく周囲に自分に貴族として力があることを示し、認めさせることが出来たと実感したのだ。 着飾ったルイズの姿に多くの男子生徒達が感嘆のため息を漏らし、音楽に合わせてステップを踏む様を追っていた。 こんなに美しくなるとは、さすが公爵家の令嬢、聞こえてくる噂話に心を弾ませながらその生徒達を視界の端に捕らえつつ踊るルイズ。 何曲踊っただろうか、ふと時計を見ればもう舞踏会も終わりの時間に近い。踊ってばかりでなく食事も楽しもうと思い続く誘いを断りテーブルに向かうと、女子生徒と友人に囲まれたギーシュが得意そうに事の成り行きを語っている。 身振り手振りを交えて巨大なゴーレムとどう戦ったかを大いに誇張しながら語るギーシュに、周囲の生徒からはたびたび笑い声が上がる。作り話と分かっていながらもそれを楽しんでいるのだろう、そんな彼の姿も一緒に笑われていると気付かずにギーシュは得意げに話を続けている。 話し疲れたのかグラスを取ってワインを含んだギーシュが、視界に入ったルイズに手を振って声を掛ける。 「やあヴァリエール!今彼女たちに今日の事を話してあげているんだ。君からも話してあげたらどうだい、僕らの活躍をさ」 そのギーシュの言葉に周囲から笑い声が上がる。 笑い声が上がった理由が分からず不思議そうな顔で周りの生徒達の顔を見るギーシュと心底おかしそうに笑う周囲の生徒を見てルイズは嘆息する。 「今日のことねえ、ミスタ・グラモン。私たちで破壊の杖を取り戻したこと?それとも私と貴方でフーケのゴーレムと戦ったこと?」 「僕たちでフーケのゴーレムをやっつけてやったことに決まっているじゃないか、ミス・ヴァリエール」 ワイングラス越しにウインクを飛ばしながら楽しげに言うギーシュと反対に、周囲からはさらに笑い声が上がる。その笑い声にギーシュは、今の笑うようなところだった?と再び不思議そうに周囲を見回している。 ルイズにもなぜこのタイミングで笑いが起こるのかわからないが、まあ周囲の生徒達もワインが進んでいるようだし理由など無いのだろう。そんな酔いの混じった騒々しい様にはさすがに付き合いきれないと思ったルイズは、軽く手を振って離れる。テーブルに着くと、すかさずメイドがワインと料理を持ってくる――見覚えのある顔だ。 「あら、シエスタだったかしら?」 「はい、ヴァリエール様。メイド風情の名前を覚えていただけるとは光栄です」 「ま、まあそんなに気にすることはないわ。前のことだって貴族として当然のことだし、その、半分は八つ当たりみたいで……当たり前のことだから気にしないで」 正面からこぼれるような満面の笑みを浮かべるシエスタ、その明け透けな好意にルイズは少々気圧される。以前のギーシュの一件以来、このメイドは恩を感じているのかやたらルイズとサモンジに世話を焼こうとしてくるのだ。 「気にしなくて良いわ。ところで、やっぱりもう料理は無いのかしら?さっきまで踊ってばかりで何も食べていないのだけれど……もう遅いしほとんど残っていないみたいね」 ほとんどの皿が空になっているテーブルの前で嘆息するルイズ。そのルイズに再度シエスタは満面の笑みを浮かべる。 「はい、存じております。こんなこともあろうかとヴァリエール様が好まれそうなものを取っておいてありますわ」 「あら、気が利くじゃない」 シエスタは押していたワゴンの扉を開くとルイズが好む料理を取り分けておいた皿を取り出しテーブルに並べる。 「それとクックベリーパイも冷めないように置いてありますわ。軽く暖めてお持ちしますので少々お待ち下さい」 てきぱきと動くシエスタに改めて礼を言うルイズ。サモンジも学院長との話など後で良いから来ればよかったのに、と思う。 後でシエスタにサモンジの分の食事を部屋に持ってこさせよう、などと考えながら会場の中央に目をやる。 舞踏会の終わるその時まで楽しもうと騒ぐ生徒たち。 明日からは私もあのように友人で輪になって集い、その中で尊敬の視線を浴びて………そんな、楽しい明日からの学院生活に想いを馳せていた。 翌朝、ルイズの期待は壊れた。 学院の本塔の前の広場、連絡事項などを掲示する板の前に人だかりが出来ていた。 サモンジをお供に歩くルイズはその光景に満足そうな笑みを浮かべながら人ごみの中に入っていく。 この人だかりはあの掲示板のせいだろう。ゼロのルイズを含む一団が破壊の杖を取り戻し土くれのフーケを倒した、という学院の発表。 私はそんなの気にしてないわ、と言う様なすまし顔で本塔に入ろうとするルイズだったが、聞き捨てなら無い言葉に思わず足を止めた。 「おいおい、昨日の舞踏会で言ってたアレ。学院長の名前付きで表彰してあるぜ」 「マジかよ……舞踏会の余興でドッキリ仕掛けてるのかとおもったんだけどな。 まあ、実際学院の不祥事だし破壊の杖を取り戻した衛士隊を買収したって線もあるだろ」 「まあ多少の信憑性はあるんじゃない?ほら、ツェプルストーともう一人……誰かトライアングルがいたでしょ。 トライアングル2人がかりならなんとかなったんじゃないかしら」 「そんなもんかな。まあ、ゼロとギーシュはお荷物だったんだろうけどな」 「にしても上手いことやったよな、この2人。トライアングルについて行っただけでお手柄なんてさ」 「でも……ここにミス・ヴァリエールとミスタ・グラモン両名がフーケのゴーレムを破壊したってあるわよ?」 「ははは、嘘だよ嘘。公爵家と元帥の家の子だから何もしてませんとは学院も書けなかったんだろ」 うわぁ、と声を漏らしながらルイズの様子を窺ったサモンジだが、なだめる暇なくルイズは怒髪天を突かんばかりに激怒している。 ぎりり、とその場の全員を睨みつけながら大声で叫ぶ。 「貴方たち!ヴァリエールはここにいるわ、何か言いたいことがあるならはっきり言いなさい!」 その声に一瞬広場が静まり返る。そして続くように後ろからもう一つ声が上がる。 「その通りだ、グラモンもここにいるぞ!誰だ、僕たちが何もしていないなどと言ったのは!嘘吐きだと言ったのは誰だい!?」 サモンジ達が振り向くと、そこには同じく怒りで顔を赤く染めているギーシュがいた。彼もあの生徒達の噂話に我慢できなかったのだろう。杖は抜いていないが、怒りのあまり表情がこわばり普段のへらへらとした様子は全く無い。 公然と侮辱されることに怒りを露にする2人に、沈黙が続いていた人だかりの中からいくつか声が上がる。 「でもさぁ、ゼロのルイズと口先だけのギーシュだぜ」 「そうだよ。お前らに何ができたっていうのさ」 名乗りも上げずに人だかりの中からこそこそと言い返す声。その態度に2人はさらに頭に血を上らせる。 「誰!?今言ったのは誰よ、前に出てきなさい!」 「その通りだ、僕たちは名乗りを上げたぞ!貴族として恥ずかしくないのか!」 怒りの声を上げてさらに激昂する2人だが、そこに予鈴が鳴り始めた。 誰も名乗りをあげようとしない人だかりに叫び続けるルイズとギーシュを置いて、生徒達はぞろぞろと教室へと向いだした。 最後の一人が塔の中に消えてようやくルイズとギーシュは叫ぶのをやめた。 散々叫んだ疲れから息を乱しながらも、ぐっと手を握り締めて歯を食いしばる。 自分たちは貴族の誇りを掛けてフーケを追い、命がけで巨大なゴーレムと戦った。 しかし………あいつらは一体何だ!? 学院が襲撃されたことについてただ騒ぎ立てるだけで何もしなかった連中。 その日に行われた舞踏会についても、本来なら学院が襲われたに日にパーティーを開こうなどとはありえないことではないのか? ルイズの内でやり場の無い怒りが渦を巻く。 (そうだ、舞踏会でも皆が私を誉めそやしたのは外見だけだったじゃない。結局あいつらは最初から私は何もできない奴と決め付けて、私が破壊の杖を取り戻す一団に居たと言う学院の発表を面白い冗談としか思っていなかったの?あんな連中に、あんな貴族の誇りもなくその日を遊び暮らすことしか知らない退廃した連中に………私は賞賛されることを期待していたというの、あいつらと同じメイジとして、友人としてやっていけるなんてことを期待していたの!?) ギーシュも同じように立ち尽くしたまま震えているが、今の彼の感情はルイズと違い悲哀が多くを占めていた。彼は見てしまったのだ。 彼らをあざ笑う人ごみの中にいた友人と、彼が恋人と思っていた少女を。 (モンモランシー、マリコヌル、レイナール、君たちまで僕を嘘吐きと笑っていたなんて……僕たちは、友達じゃなかったのかい?友達のふりをしてドットメイジの僕を笑っていたのかい?メイジとして最低クラスの僕が傍に居れば自分たちが少しはマシに見えると……) 予鈴のことも忘れて立ち尽くしたまま怒りに震える2人の肩をサモンジが叩く。 「……ほら、2人とも授業が始まるよ。教室にまで引きずったら先生たちに怒られるし、ひとまず切り替えて後で考えようか」 そう言ってルイズの隣に並び、半ば背中を押すようにしながら教室へと連れて行く。 ふと本塔の入り口で後ろを振り返ると、どこに行ったのかギーシュの姿は既に無い。彼は授業をサボるつもりなのだろうか。 ため息を漏らしそうになったが、気が高ぶっている今のルイズは刺激しない方が良いと思い何とかこらえてそのまま教室に向かうことにする。 サモンジが押しているルイズの背からは怒りによる震えが伝わり、唇もまた怒りにわなないている。ひとまずサモンジに従って歩いてはくれているようで、なんとが爆発は抑えられているようだが。 ルイズちゃんも大変だな、とサモンジは胸のうちでこぼす。 恐らくは、いや間違いなく期待していたであろう、周囲からの賞賛…… それが無いどころか、相変わらずゼロと蔑まれ嘘吐きのレッテルまで貼られ……… それでも慰めや同情を嫌うルイズのこと、うかつなことをするわけにもいかない。 どうしてあげるのがいいか、かけるべき言葉も浮かばずサモンジは無言のまま教室までルイズを連れて行くことしか出来なかった。 授業の開始直前に何とか間に合い、いつもの席に座るルイズ。サモンジもいつものように教室の後ろに立ち教室の様子を見回す。 ……見回すまでも無く教室のあちこち、サモンジの目の前の生徒までがこそこそと先程の噂話をしている。 「傑作だよな、あれ」「ヴァリエール必死すぎwww」「ゼロとドットが切れたところで怖くねーよ」 「何を本気で怒っているのかしらね」「あんな嘘すぐにばれるって思わなかったのかしら」 サモンジが咳払いをしながらライフルで床を叩くが、一旦は驚いて振り返った生徒たちもサモンジを一瞥すると鼻で笑ってルイズとギーシュを嘲る噂話に戻る。 ルイズから離れてようやく感情を表に出せるようになったサモンジは、苦虫を噛み潰したような表情を露にする。 結局、サモンジは大人の視点でしかルイズのことを見てやれていなかったのだ。 考えが甘かったとサモンジは後悔から大きなため息をつく。 子供の内から立派な貴族になる必要は無いというサモンジなりの考え方は確かにルイズに一定の落ち着きを与え、彼女の心に余裕を持たせたように思えた。 しかし、大人になった時に立派な大人になればいいという、子供の内は子供のままでいいというサモンジ考えは、大人の世界に近い子供か、子供の世界の中にあって不幸でない子供にしか当てはまらない。 未だ子供の世界の中での悩みを抱えるルイズがどんなに未来を見ようとも、他の生徒がフライの魔法で教室を移動するのを見るたびに、あるいは周囲の生徒たちの心無い言葉が彼女の中のコンプレックスを乱暴に抉り出してしまう。 未来において幸福を掴めばいいという、ある意味楽天的なサモンジののんびりとした大人の答えでは、今の子供の世界の中での軋轢に苦しむルイズは救えない。 子供の世界の中の何かが必要なのだ。 (ああ全く、世のお父さんが娘のことで悩むのがよく解るよ……子供の気持ちって、子供の世界って難しいもんだねぇ) 苦々しく騒ぎ立てる子供たちを見ながら、貴族と平民、子供と大人という世界の隔たりを前に何もできずただ見守るだけの自分がサモンジには歯がゆかった。 サモンジの視線の先、教卓に近い席で授業を受けるルイズの周りの席に座るものは無く、ひどく空いている。 教室の後ろにサモンジを控えさせているためルイズは独りで座り、彼女から少し離れた場所からひそひそと声が聞こえる。 その孤独感と不快な噂話が彼女の心をギリギリと削り続けている。 ルイズは周囲からの言葉を必死で聞こていないと自分に言い聞かせながらノートを取っているが、時折こらえかねてうつむき震えながら怒りを堪える。 そんなルイズを見て、全く空気を読めていないギトーは大きな声でルイズに注意する。 「ミス・ヴァリエール、顔を上げないか! 昨日はお手柄だったようだが私の授業で居眠りするとはいささか調子に乗っているのではないかね」 「な……私は居眠りなんてしていません!」 怒りのあまり立ちくらみを起こしそうになりながらも、慌てて立ち上がって机を叩いて抗弁するルイズに周囲から笑いが起こる。 「言い訳を聞く気は無いな。 どれ廊下まで連れて行ってあげよう、目を覚ましているというのなら私の魔法に抗って見なさい」 そういうとギトーは杖を振ってルイズにレビテーションをかけて強引に廊下へ荷物のように運び出そうとする。 悲鳴を上げて空中でバタつくルイズに周囲からは大きな笑い声が起きる。 丸々と太った生徒が醜い笑みを浮かべて「白とピンクのしましま模様!」と歓声を上げ、周囲からはより一層大きな笑い声が上がる。 そのあまりの仕打ちに流石に頭にきたサモンジが声を張り上げようとするが、それよりも早くルイズが大声で荒々しく叫んだ。 「あ、あんたたちぃ!そんなに私の魔法が見たいって言うんなら、そんなに私がフーケのゴーレムを倒したことが信じられないって言うのなら………見せてやろうじゃないのっ!!」 左手でスカートを押さえながらルイズが杖を構える。 その様に危険を感じ取り反応できたのはタバサだけだった。タバサは即座にキュルケの腕を取って無詠唱でフライを発動させると、教室の入り口にいたサモンジを弾き飛ばしながら教室を飛び出す。 直後、生徒達が今までに見たルイズの失敗魔法の中でも最大規模の爆発が、教室の中の何もかもをなぎ払った。 授業中の轟音に驚いて駆けつけた教師たちは、間一髪逃げ出せたタバサとキュルケと入り口にいたため廊下にはじき出されて気絶していたサモンジから事情を聞くと呆れながらも人を集めて後始末を始める。 駆けつけたコルベールらは教室の惨状に一瞬言葉を失う。 机も椅子もめちゃめちゃに壊れ、窓どころか―――宝物庫ほど強力ではないものの固定化のかかった―――壁や床までも大きな亀裂が入っている。 大きな怪我をしている生徒がいては学院の不祥事と、教師達は慌てて気絶した生徒達の手当てを始める。 が、いざ診てみると不思議と生徒達に目立った外傷はほとんどなく、怪我をした者も吹き飛ばされた机の破片が頭に当たっただの、吹き飛ばされて他の生徒と衝突したといったものばかりで、教室の惨状にしては奇妙なくらい生徒たちの被害は無い。 コルベールは他の教師たちに手当てを任せ、教室の中央で佇むルイズと気絶しているギトーの方に向かう。 「ミス・ヴァリエール。ミス・タバサたちから事情は聞いているが、君とギトー君からも事情を聞かないと不公平だからね、ちょっと来てもらおう。それにこの教室は危険だ、早く出よう」 そう言って先導するコルベールの後をルイズは俯きながら着いて行く。 気絶した生徒を運び出す教師たちから叱責を浴びながらも、ルイズは心の内で暗い喜びを感じていた。 (ざまあみろ。これで思い知ったか、私はトライアングルメイジのゴーレムを倒せるほどすごい魔法を使えるんだ。誰が嘘吐きだ。ざまあみろ、ざまあみろ、ざまあみろ………)」 「やれやれ、彼女もフーケの一件でメイジとしての誇りと自覚が出来たと思っていたんですが………」 やれやれ、と薄くなった頭を叩きながら疲れた声を漏らすコルベール。 先程の大きな失敗魔法による爆発の件は学院施設そのものを破壊したために、学院長直々の裁決となり学院長室で処分を通達することとなったのだ。 処分内容は、今日を含めて2日の謹慎。 結局最大の原因はルイズに対する教室内の過剰な侮辱と、ギトーのルイズの居眠りに対する処分があまりに過剰だったということになったためである。 また、停学ではないのは実家に連絡を入れる必要が無いようにという学院の保身という意図も含まれる。 ルイズの魔法で怪我はなかったものの気絶するほど強烈な近距離の爆音で耳を傷めた上に、その治療費に加えて長期の減給と罰金―――事実上の学院施設修理費の一部負担―――を言い渡されたギトーは本気で泣いていた。 まあ学院で預かっている公爵家の令嬢を公然と辱めるような真似をしたのだ。 下手をすれば物理的に首を飛ばすとまでは行かなくても禁固を食らう可能性もある以上、まだ温情判決と言って良いだろう。 しかし、コルベールの呆れたような、大したことの無いことだった―――被害は大きいが生徒の起こした不始末でしかなく学院の醜聞ではないという意味で―――ということに安心しきった言葉に、オスマンは重々しく口を開く。 「そんな問題ではないぞ、コッパゲール君。確かにヴァリエール嬢の行動も淑女として相応しくないものだったじゃろう。 じゃが、他の生徒の下種な言葉が無ければ………いや、それよりも明後日からの彼女の生活が心配じゃよ」 その言葉に不思議そうにするコルベール。オスマンはこれからのルイズの学院生活を思い、大きななため息をついた。 ルイズの自室の中。ベッドの上で不機嫌そう、というよりは拗ねているルイズに向かい合うようにサモンジが椅子に腰を下ろしている。 「あんたも私にお小言?サモンジ」 目も合わせずに言うルイズにサモンジはすまなさそうな顔で答える。 「そんな訳無いだろルイズちゃん。むしろ、あそこは大人の私が先に怒ってあげる所だった。悪かったね」 文句の一つでも出るかと思っていたルイズは拍子抜けした顔で振り向くが、サモンジと目が合うとすぐにそっぽを向いてしまう。 「そう……解ってるならいいわ、ちゃんと反省しなさいよね!じゃあもう寝るわよっ」 そう言ってベッドの中でもぞもぞと服を脱いでベッドの脇のカゴに放り込むと、そのままシーツを被ってしまう。 そんないつもと変わらぬ様子を見て僅かにサモンジも表情を緩めるが、やはり明日以降のことを考えると気が重い。 ランプの明かりを消し窓を閉めているとベッドの中のルイズが小さな声で呟いた。 「サモンジ………私、強いわよね? あんな………自分たちこそ口先だけのエセ貴族なんかよりずっと強い、私の方が貴族らしいわよね?」 その言葉に暗い感情を感じてぎょっとするサモンジ。 思わず振り向くが、ランプを消したばかりの星明りの下で目も慣れていない今はルイズの表情は分からない。 慎重に言葉を選ぶ必要がある、そう直感して声が震えるのを抑えながらゆっくりと返す。 「……今は、ゆっくり眠りなさいなルイズちゃん。君は確かに強いよ………でも、いや、それでいいか。また明日ね」 今はとにかくルイズを眠らせておこう、そう思いルイズの言葉を否定するのは控える。 明日は一日休み、日中は学院を回って様子を見てからルイズちゃんと話し合おう、そう考えてサモンジは障りのある言葉を避けることにした。 ルイズも一度怒りを爆発させたおかげで目が冴えて眠れないということは無いようだ。 サモンジの返事に、そう、とだけ返すとそのまま無言が続き、やがて寝息が聞こえてきた。 ルイズ眠りに就いたのを確認すると、サモンジは大きく息を吐いて寝床に腰を下ろす。 寝床といっても、余り物のシーツを袋状にして藁束を詰め込んだ簡素な藁ベッドだが。 (ルイズちゃん、やっぱりつらそうだな。ギトー先生の件はともかく、今日一日よく我慢してくれたよ………どうにかしてあげないとな) サモンジが思い出すのは昨日の夜、学院長室でこの星における自分の地位の低さと味方の少なさを改めて思い知って失意に沈んでこの部屋に戻った夜のこと。 改めて互いに使い魔の契約を承諾したあの時……「よろしく頼むわ、サモンジ」そう言ったルイズの表情が、心のどこかに焼きついてしまっている。 ようやく味方が見つかった、そう言うかのように安らいだ声。これからの生活に自信を取り戻した目。 それを、曇らせたくないと心のどこかが訴える。 周囲の蔑みの目と自分のコンプレックスから心に壁を築いていたルイズ……今日の一件で、周囲からも壁を作られるかもしれない。 左手の甲、使い魔のルーンに手を当ててその熱を感じながらサモンジも眠りに就く。 改めて子供のいる父親の気持ちが解るよ、などと思いながら。 前ページ次ページゼロの独立愚連隊